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第21話 あざと過ぎて吐き気がするわ。

 どうして今まで気がつかなかったのか。


 ふと、雨くんが左手でスマホを操作し始めたのが見えた。


 彼は、左利きだ。

 そして、気になることがあると確認なきゃ気がすまない性格。

 これは私の父である守屋健斗から受け継がれたものだ。


 父と雨くんの母親が不倫していた時期を考えると、雨くんは私の腹違いの弟である可能性がある。

 雨くんの母親は右利きで、父親と思われた川上武彦も右利き。


 右利きの両親から左利きの子が生まれる確率は約10パーセント。

 一方の親が左利きだった場合は確率は倍になる。


 私はそっと聡さんから手を離し、雨くんに近づいた。

 聡さんが一瞬私の手を追うように手を伸ばして、引っ込めた。


「ねえ、雨くん。前髪が長すぎなんじゃない? 切ってあげるよ。私、いつも自分で切ってるから結構うまいよ」


 私は雨くんの髪の毛を得て、DNA鑑定することにした。


「ありがとう。真希ちゃんて優しいよね」

 私を誑かすような笑みを湛えている雨くんに、私は自分と同じ匂いを感じた。


 私もストレスを感じても、相手の気を引くような言葉を吐き続けてしまう。

 誰にも必要とされないなんて耐えられないから、媚びるような行動を自然にしてしまうのだ。


「真希! 俺も前髪が邪魔で髪を切って欲しいんだけど⋯⋯」

聡さんが、少し甘えたように私に語りかけてくる。

 明らかに彼のヘアスタイルはトップスタイリストの仕事を感じる。

(絶対、素人が手を加えない方が良い⋯⋯)


 彼が何を考えているのか私には分からない。

 でも、今、私に必要なのは雨くんと2人きりで話す時間だ。


「聡さんは、弁護士なんだから私みたいな素人に髪を切ってもらわず、行きつけのサロンにでも行ってください」

 私は聡さんが付いて来ないように冷たく言うと、雨くんを自分の部屋に連れて行った。


 私に用意された部屋に入ると、雨くんは正座して目を瞑った。


 長いまつ毛に無防備な姿。


 こういう姿を相手に見せれば、相手がどういう気持ちになるかをよくわかっている。


 私は彼のそういうあざとさに自分との血の繋がりを感じた。


「動かないでね⋯⋯」

 私がハサミを持って、雨くんの前髪を切る。

 落ちた前髪を素早くティッシュで包み込みポケットに入れた。


「あ! 服にも髪がついちゃった」

 雨くんはそういうと、慌てるように着ていた服を脱いだ。

 露になった雨くんの体には無数の傷跡があった。


「雨くん、この傷跡は何? もしかして、施設で虐待とか受けてたの?」


 私は彼が望むだろう質問をした。

 私の同情を引き出し心を掴みたくて、今、彼はわざと服を脱いだ。


(同情で人の気を引くところが私と同じ⋯⋯)


「ああ、バレちゃったか。今、俺って明るく振る舞っているけど、実はいつも生きているのが苦しいんだ⋯⋯」


 私は雨くんの言葉に鑑定するまでもなく、自分と血の繋がった弟だと感じた。


 人の気を引きたい時、私は自分がヤングケアラーだったことや親から捨てられたこと等の可哀想ネタで気を引いた。

(彼の今の気持ちがわかるから痛々しい⋯⋯)


「その傷を見れば、育ちの良い人は同情してくれて雨くんの為に何かしてあげたいと思うだろうね。ごめんね、私は違うの。あざとすぎて吐き気がするわ」


 私の言葉に驚いたように雨くんが私を見た。

(色素の薄い茶色い目もあの女に似ている⋯⋯)


 美しいルックスは女優のように美しかった雨くんの母親にそっくりだ。


 彼女の透き通るような白い肌に、色素の薄い瞳。

 異国の血が混じったようなルックスは憧れの的だった。


 でも、どことなく私の父である守屋健斗の面影がある。

 川上陽菜の持つ奔放で手に届かない雰囲気に混ざった、父の神経質な遺伝子。


 DNA鑑定なんてするまでもない。

 私が彼に自然に抱く特別な感情も、彼に血縁を感じているからだ。


 私の言葉を聞いて雨くんが硬直したように私を見る。

(これも演技だったら、私も負けそうね⋯⋯)


「真希ちゃんって、歪んでるよね⋯⋯」


「じゃあ、雨くんは歪んでないの? 晴人くん。本当の君の名前は晴人くんだって知ってる?」

 私は自分の歪みを指摘されたことで、自分を取り繕うとをやめた。

 彼は先程の火事のニュースで自分の身内が死んだことを笑っていた。

 自分の正体を知っている上でのことなら、彼も事件に絡んでいる可能性がある。


 雨くんは私のことを、感情のないような目をして突然押し倒してきた。

(ああ、彼は自分の出生の秘密を知ってるんだ⋯⋯)


「もう、お風呂は覗かないよね。私が誰かも知ってるんでしょ。私も虐待を受けていることを期待した? 自分よりも不幸な誰かがいるかを想像していつも安心してたんだよね」


 私は雨くんが自分の弟である可能性に気がついた時に、自分と同じような考えをしたのではないかと思った。


 私は周りと比べてあまりにも不幸な境遇に、施設に預けられた彼はもっと最低な環境のはずだと考え自分を慰めた。


 雨くんは自分と同じように私の体が傷だけらけなことを期待して、お風呂場を覗いたのだ。


「何でだよ。お前も捨てられたくせに。なんで!」

 雨くんが私に傷があるのを期待するかのように、私の服を力任せに破き出した。


 ボタンが飛び散るのを、私は冷めた目で見ていた。


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