学祭の出し物の応募を受け付ける日があると聞き、俺達四人は揃って学校にいた。女子二人が学級委員をやっていたおかげで手に入った情報だった。そういうのはもっと全校的に、広く知れ渡るように大々的に告知してほしいものだなと、素直にそう思った。夏休みが終わってからも応募を受け付ける予定だったらしいけど、なんだかな。
「では、次の方」
「はい」
「出し物は何をやりますか?」
「ロックバンドです。アンプやマイクなど機材をお借りしたく思います」
「わかりました。では、出場するバンド名を教えください」
「コピーシロップ、でお願いします」
「メンバーを教えてください」
「二年七組、小鳥小春。二年八組、矢箆原咲真。同じく神祐希、雉子島麗。四人です。こちらが指定された提出用紙です」
「はい、確かに。何曲の予定ですか」
「一曲です」
「わかりました。発表順は後日お知らせ致します。では、これにてエントリーを受け付けましたので、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそお願いします」
四人全員で一礼する。夏休みでも委員会をやらなくちゃいけないだなんて、大変だなと思ったが、それを小春に話すと「好きでやっている人が多いから、思ったより苦じゃないかもね」とのことだった。クラス委員とか学祭委員なんて率先してやるのは小春ぐらいなものだと思っていたが、好きでやるやつなんているんだな。俺は自分の偏見を恥じるように思った。
その日は夏の大きい日だった。どこまでも広い夏空が、ずっと暑く広がっていた。色は青く、うんと青く、青を通り越して白い色すら美しく見える空だった。蝉はずっと泣き続けているし、永遠の不安を永遠に抱えている悲しみのように泣いてばかりだった。鳴いてばかりだった。人も蝉も同じなのか。儚さに夢を見るのは、同じかもしれないと思った。
暑い日だった。いつもの通り、なぜか屋上にあがった。久しぶりに行ってみようということになったのだ。しかし、それは間違いだった。直射日光を浴びる形となったその場所はうなだれるような暑さだけがそこに居座っていて、じりじりと俺達を焼いた。焼けるように暑かった。クーラーも扇風機もなく、日差しを遮るものがないのはなかなかつらいものだった。間違えたなと、そう思った。今日は屋上に来るべきじゃなかった。それは間違いなかった。
右の小春は半袖涼しく出で立ちで、イヤホンで音楽を聞いていた。鼻歌まで歌っている。たぶんシロップ16gの生活、俺達が学祭で演奏する曲だろうが、そんなことよりも彼女は暑いとは感じていないのだろうか。愚直にもあの日からずっと聞きまくっているのだが、そんなことより暑くはないのだろうか。一曲を無限リピート再生。暑い日でも構わず、聞きまくってイメージを万全にしているのだろうが、そんなことより暑くないのか。全然何ともなさそうだ。やがて俺のほうがくらくらと、へなへなと暑さにやられた。ノックアウト。不良生徒だと言われているが、不良に勝てないことだってある。いや、勝てないことばかりだ。病にも、自分自身にも勝てない。暑さにも。何もかにも。勝てないことばかりだ。
左の麗は暑そうにしていた。胸が大きい分苦しいのかもしれない。右に小春、左に麗。女の子に挟まれるなんとも羨ましく見える青春であるが、しかしこの暑さではダメ。すべてが台無しだろう。
祐希は俺のすぐ向かいに座り込み、入口手前の物陰に置きっぱなしにしておいたギターをメンテナンスしていた。しばらく触ってないと駄目らしい。清掃とか、調律とか、音を鳴らしながら確かめていた。
「弦交換しないとだめだな。音が錆びついちゃって良くない」
「そうか」
「今度楽器屋行こうぜ。いろいろと買いたい物があるんだ」
「ああ、そうだな」
俺達の会話はそんなものだった。俺は暑さにやられて、どこか上の空だった。
そのうち祐希はギターを弾き始めた。残念なことに俺には音の錆は分からなかった。曲はもう腐る程聞いている生活。この夏を彩る、この夏の俺達を決める曲。シロップ16gの〝生活〟。いい曲だよな、本当に。語るまでもなく、人の憂鬱を歌うその曲は俺の心情に近い。そう思った。
俺は曲以外のことを考えた。暑さ以外のことを考えた。暑さのことを考えると、そのことでいっぱいいっぱいになってダメだった。なんとなく、どうしてか俺は将来と今のことを考えた。今は高校二年生の夏という絶好の時間を過ごしているなと、思う。ちょうど一年後は受験勉強で大変なのだろうか。そう思うと、いや、そう考えると、俺は今しかないと思った。
「小春、小春」
「はい、はい。なんですか?」
イヤホンを取って聞いてくる。俺は言う。
「俺はたぶん、小春のことが好きだと思うよ」
小春はしばし何を言われたのか理解できていないようだった。ぼんやりと、しかしパチクリと瞬きをして反応を処理していた。先に意味を理解したのは隣りにいた麗だった。顔を真っ赤にして、「きゃー」と叫びだしそうなのを必死に抑えて、口を抑えて、抑えた。俺はなんでもないように、また祐希の曲の方を見た。祐希には何も聞こえていない。そして、俺がこれ以上言うことは何もない。青さが少年を照りつけている空を見た。
そのうち小春も意味を理解したのか、俯き、恥ずかしそうにしていた。またイヤホンをした。上を向く俺と下を向く小春。歌を歌い続ける祐希とどうしようかと様子を窺っている麗。やれやれ、どうしようもないな。この面々は。
※ ※ ※
「あの、ありがとうございます」
その日の帰り道、小春と二人きりになったとき、ようやく小春は言葉を出したので、俺は補足した。
「小春。告白の時に言えなかった事を言っても良いか」
「はい」
「俺はお前のことが好きだけど、でもそれは手を差し伸べられたから、優しくされたから好きになったわけじゃないことだけは言っておく。純粋に人間関係を考えて、どうかなって思って、そうかなって思って、そうだなって思って、告白したんだ。そこに嘘偽りはない。他意も、策略も、邪も、恩も、なにもない。純粋さだけが残って、だからこその告白だということだけは、ちゃんと言っておきたかった。」
「はい。なんとなく、わかります」
「そうか。それならいいんだ」
しかし、どこかよそよそしくなってしまっている。距離を感じるは気のせいか。小春もきっと色々考えているんだろうなと、そう思った。突然、脈絡もなく言った俺はバカだと思うが、阿呆な事をしたとは思っていない。
小春は自分の中で消化して、踏ん張っているんだろう。だからこそ俺はあの言葉をきっと後悔するし、告白した行為そのものを後悔して、小春に対してある種の誇りを持っていることを誇りにするのだろう。そう思った。
車の走る音が大きく聞こえた。それに気を取られたが、視線を前に戻して二人の時間に戻った。日が落ちてからも暑さは残っているが、それでも日中よりは幾らかマシかもしれないなどと、気休めにそんなことを思った。
今日もまた小春麗らかなり、希望を捨てず、鬱と共に生きる。変わらない。良くも、悪くも。変わらない。
変わらないことを日常としながら、いつか小春が答えを出せるその時まで、俺はゆっくり待つことにしようと、そう思うのだった。