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3-3 球技大会そのに

 翌日。今日もまた起きれなかった。



 その日は寝る前に泣いて、起きる前に泣いて、死にたくて仕方がなかった。しかし、その術を持っていなかった。凶器になりそうなものはハサミとかカッターも定規であっても残らずすべて取り上げられていたので、自傷を行うこともできなかった。このように鬱が最大でも、即効性のある薬は現実にはない。飲んで全快、みたいな薬はないのだ。あればいいのに。睡眠薬はあるのに。時間をかけて飲み続けて抑えていくしかない。



 ああ、不安だ。



 不安で不安で不安で不安ばかりで、気がつくと動けなくなって、小さくなっている。



憂鬱

誰にも理解されない、誰にも理解できない孤独

そこはかとなく、無限に続く孤独

喪失感

不安

不安

不安

不安

不安



 心のすべてを占める不安が常に襲い来る不安と混ざり合って融合物となって支配する。俺は今日もだめだと、泣きながらに、一滴の涙を流すように泣いて、何かを待つ。そう、たとえば彼女とか。



 泣き終わってくたびれているとカーテンが開かれた。日差しが差し込む。



「おはよう、咲くん。今日は駄目そう、かな? あまり顔色よくなさそう。手は暖かいから、眠れたかな」


「おはよう、小春。なあ、手が暖かいと、どうして眠れた事になるんだ?」


「ほら、赤ちゃんとか寝てるとき手があったかいでしょ? にんげんだから、同じことだよ」


「そうか。でも、小春の見立て通り、今日は本格的に良くない。慣れない運動したからかな」


「運動したらよく眠れると思うんだけど……」


「それはそうか。でも今は生きるが辛い」


「そうだね。そうやって戦ってるんだもんね。でも、そういうのは良くないと思う」


「良くない、か。それは俺の考え方か。それとも、俺の逃げるための弱音だから。お前には俺のことが分かるのか」


「うん。わからないけど、わかるよ」



「そうか」


「うん」



 共感も、同情も、理解も、そのどれもが俺にとっては相手が持っている武器にしか見えなかった。それがずっとだ。だから、俺の病を打ち明けるとその武器が出てくることが分かっているから、何も言いたくないと、そう思うのだ。どうせ分からない、誰であっても理解できないだろうって、だから傍(そば)に居てくれる人が居ると、俺はそれだけで救われるのだ。



 目をこすりながら、何かそこにあった悲しみを拭きながら起きた。今日は全く持ってだめだと思っていたのにな。



「おはよう、咲くん。今は八時だから、始業のチャイムには間に合いそうだね」 


「おはよう、小春。久しぶりだな、そんなのは。ちょっと待っててくれ。準備する」


「うん」



 俺は急いで用意して、それから小春と二人で家を出た。



 桜が自慢の通りは桜がなければ価値がないのだろうか。花びらは既に失われ、葉が存在感を増している。見え方が、見える側面が違うだけでこんなにも違うのか。同じ生き物だっていうのに。



 道路を行き交う車は今日も忙しそうに、なにか急ぐように走っていた。そんなに急いでどうするんだろう。ガソリンを使ってまで急いで、何をするんだろうか。



「もうすぐゴールデンウィークだね」


「ゴールデンウィーク。そうか、もうそんな時期か。でも、連休なんてあっという間に無くなるんだろうな」


「もう、始まる前から終わること考えない! 楽しめないよ、それじゃあ」


「ごもっとも」



 風吹く四っつ目の月末。もうすぐ五月。当たり前のように初夏へ移ろいでゆく。



 平和な日。授業で当てられることもなく、難しいことを勉強するでもなく、快適に授業を受けることができた。だから悲しみは消えなかった。



 昼前に体育の授業があった。球技大会直前。もちろんサッカーをやることに。俺は祐希とペアを組んでパスやらシュートやらの練習を始めた。適当に自由に練習になった頃、祐希と座って話をしていた。



「あれだよ、あれ。あそこにいるのがサッカー部のエース。某炎寺だ。なんでも火を吹くようなシュートを打つらしい。すごいよな、期待だぜ」


「ふーん」



 どっかのサッカーアニメに出てくるキャラクターみたいな名前だなと、俺はその時思ったが、しかしそのアニメのタイトルは分からなかったので、これもまた思い過ごしかと思った。



 球技大会まではあっという間だった。泣いていたら日時は過ぎ、すぐにやって来た。



 いよいよ明日からゴールデンウィーク。その前日に球技大会は始まった。一日使って行われ、終わらせる。クラス優勝して祐希が軽音楽部に復帰できるかどうか。ここが見どころだろう。



「矢箆原にはフォワードをやってもらおうと思う。某炎寺とツートップだ」


「なぜ!?」


「背が高いからな。競り合って勝てるかもしれない。それに、他の運動部でうまいやつはディフェンスとか中間に回したい。守りをおろそかにすると勝てない。それに矢箆原は不良だろ? 威圧していい感じにしてくれよ」


「そういうのは体育で練習してるときに、前もって言ってくれよ。それと俺はあんまり背は高くない。バレーボールの奴とかの方が、」


「よし! 勝つぞ! 行こう!」



 押し切られた。つまり、運動ができるかどうかもわからない不良くんは、前でワンチャンスゴールを押し込める場所にいてくれってことか。オフサイドに気をつけながら立ち回るしか無い。オフサイドが何かもよく分かっていない素人だけど。ちなみに祐希は後ろの方で適当なところに立たされていた。あいつも役立たずだと思われているのだろう。試合に出られているだけマシと思うしか無い。



「ピーッ!」



 第一試合が始まった。ボールをチームが奪うと、自然と某炎寺にボールが集まる。俺や他のクラスメイトとパスを回しながらゴール手前へ。



「フレイムシュート!」



 ゴール。炎が出てきそうな凄まじいシュートだった。炎は出てないけど。



 次のボールが蹴られ、試合が再開する。またもやこっちがボールを奪って某炎寺へ。また放たれたシュートはキーパーがはじいた。コーナーキックに。ディフェンスも上がってくる。



 頃合いを見計らって手を上げ、クラスメイトが蹴り上げる。ボールは俺を超え、某炎寺を超え、そしてあの男の元へ。



「うおおおおおおお」



 良いところにいた祐希は、ヘディングシュートをしようとして失敗した。しかしなんとか顔面にボールがぶつかったので無事にシュートを決めた。痛そうだったが、全力の笑みでこっちに指でグーを作って送っていた。嬉しそう。



 一回戦は二対ゼロで勝利した。



 続く二回戦も某炎寺のお陰で勝利し、駒を進める。次は決勝戦。優勝が見えてきた。相手は三年生。サッカー部ばかりのクラスで、優勝候補筆頭らしい。勝てるだろうか。






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