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3-2 球技大会そのいち

「だから概ね安心していい。私立の上ノ原には話をつけておいた。多少絡まれることはあっても、もう殴られる事はないと思う。そんな事があったら、向こうもただでは済まない状況にした。相手は小さな暴力を出せば大きな犠牲を払うことになる。さすがにそれは、あのバカでも選ばないと思う。大きな顔して向こうのテリトリーを歩けるとは言わないけど、普通に暮らしていればまず問題ないと思う。本当に嫌なら、あの辺りを通るのは控えとけ」



 俺は上ノ原退治を頼んできた男子三人組にそう報告した。絆創膏の傷が信用の証となったのか受け入れられた。おかげで噂が少し増えた。不良伝説が一つ創られ、流さたらしい。他校の不良を制圧したとか、倒したとか、やっぱり不良だったとか、なんとか。あまり興味ないけど。



「なあ、今度の球技大会楽しみだな! 楽しみだよな、咲」



 祐希が昼休みに、食事をしている時に話しかけてきた。



「球技大会? そんなのあったっけ」


「なんだよ、去年もやったじゃん。男子はサッカーだよ」


「面倒だな。俺、サッカー苦手なんだよ」


「そうなのか? 去年はどうしてたんだよ」


「体調不良って言って見学だったかなぁ」


「なんだよ、辛気臭い。今年はやるぞ。優勝してやるんだ」


「へぇ、なんでそんなにやる気なんだよ」


「軽音楽部の連中が言うんだ。球技大会のサッカーでクラス優勝できたら部活に復帰させてやるって」


「へぇ、なるほど。それはお前としては気合が入るかもな。でも、俺達ふたりはクラスメイトとはあまり仲良くない。サッカーは十一人でやる団体競技だろ? どうすんの」


「もちろん、その辺は既に交渉済みさ。俺と咲も出られるようにしてある」



 そう言うと、クラスメイトの男子の連中に合図を送った。そいつらも合図を送って返してくれる。ふーん。人類全員敵だと思い、思わざるを得ない生活だったが、クラスメイトも実はそんなに悪い連中じゃないのかもしれない。それでも敵だと思ってるけど。仲の良い三人のことすら、俺は。嫌いじゃなくて、ただ、怖いのだ。



「それにさ、うちのクラスにはサッカー部のエースが居るんだ。エースストライカーがいるんなら、もう勝ちは決まったようなもんだね」


「エースストライカーね……」



 それなら得点力は他のクラスと比べても高いのか。完全にこちらをバカにしてきている吹奏楽部の鼻をへし折ることができるかも。そんな期待をしても良いのかもしれない。球技大会。そんなものを楽しめる世界が来ようとは思っても見なかったけど、楽しんでみるのも悪くないのか。勝てるとは思えないけど。エースストライカーがいても足を引っ張るふたりがいては勝てない気がする。



「咲くんがんばってくださいね! 小春、応援していますから」


「ん? 女子は女子で何か競技があるんだろう? 小春はそっちを頑張れよ」


「うん。女子はバスケットボールなんだ。あまり得意ではないじゃなくて」


「私もあまりスポーツとか得意ではありません。足を引っ張らないようにしないと」


「帰宅部四人。普通に考えればベンチウォーマーの戦力外メンバーだな」



 よくもまあそんな足を引っ張るだろう俺と祐希をメンバーに、クラスメイトはサッカーのメンバーに入れてくれたものである。裏がなければいいけれども。





 ※ ※ ※







 その日の放課後も俺達は屋上だった。いつもと違うのはサッカーボール一つ、バスケットボール一つを借りていることだ。男子女子に別れてそれぞれ球技大会の練習である。とは言っても、シュートの練習なんてできやしないから、パスとかリフティングとか、トラップとかの練習になるのだが、何一つうまく出来ない。ボールを上手く操ることができるようになれば、試合でもうまく活躍できるようになるかもしれないけど、難しそう。



 ゴロボールを祐希にパス、受け取った祐希はリフティングでボールを上げ、蹴って俺にボールを返す。……ようなことをする。俺はそれを胸でトラップして受け取り、ボールを足になんとか収めた。こんなんでこのふたりは使い物になるんだろうか。俺はボールを持って祐希に駆け寄る。



「少し休憩しよう。祐希。お前、やっぱり軽音楽部には戻りたいのか。あんな事があっても、まだあそこに戻りたいのか。音楽をやるだけなら、ここでも続けられるんじゃないのか」



 ボールは祐希に。祐希はボールを受け取り、それを見つめながら答える。



「やりたい。機材とか、音響とか、やっぱり自分ひとりじゃ出来ない魅力がある。音楽は一人でもできるが、みんなでやることもできる。それを教えてくれたのは咲だ。俺はやっぱりみんなでやりたい。俺が悪かったのなら、改める。大人になれなかったなら、大人にでもなんでもなる。他にやりたいことも、できることも見つからないし。だから頑張れることは頑張りたいんだ。サッカーも、頑張れるなら、機会を貰えるなら頑張りたい」



 パスの練習を再開した。



 いくつか繰り返して、祐希が蹴ったボールが浮いた。それは俺の上を通過し、後ろの方へ行ってしまった。



「やべっ」



 ボールは小春のもとに転がった。小春が拾ってくれて、手渡ししてくれる。



「すまないな、小春」


「いえいえ。はい、咲くんボール」



 ボールを受け取る時に、手が触れた。俺は反射的に謝った。小春は「いえ……」と少し照れたようにしている。できれば二度と起きてほしくない。俺は何もなかったように振り返り、ボールを祐希に向けて蹴った。祐希は難なく体で受け止めた。なんだかんだうまくなってきたな。



 ふと風が吹いた。もう一輪しか残っていなかった葉桜が飛び散るような、そんな優しい風。上へ、上へと飛んでいく風だった。小春はスカートを抑えながら、少し寒そうにしている。日も落ちてきた。祐希も歩いてくる。



「今日は冷えるな。もう辞めておこうか」



 鍵無しで開きっぱなしの体育倉庫にボールを放り込み、校門で別れた。手を振り、また明日、また明日と別れた。赤い空、夕暮れの屋根の下。紅に染まりきらない空が屋根となってたその下。少し、冷えるなと思った。十五分後には小春が可愛く小さく首を傾けながら手を振る。



 まだ明日があるぞと。だからまた明日と、そう告げていたのだった。







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