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2-2 衝突

「なんでそんな事言うのかな。どうしたの、調子よくない?」


「違う! 俺の体調のことじゃない! 小春のことだ!」


「え?」


「いいか、世の中は優しくないんだよ。たとえ友達の看病をしていようが、付き添いをしていようが遅刻は遅刻だ。去年は補習と追試のテストをクリアしたから小春と俺はぎりぎり進級できたけど、今年もそうとは限らない。俺自身は病気だってことで、学校に話が通ってる。小春も一緒に遅刻すること無いんだよ。それとも何か? 自分は特別だって、そう思ってるのか?」


「特別……?」


「そうだ。他の人とは違うって意味だ。俺を毎日起こしに来て、優しさを振りまいて、病に苦しむ人を助けている自分は他の人とは違うから、だからちょっと遅刻するくらいしかたないって。そんなことを思っているんじゃないか。俺にはそう見える。もう構うな。小春を不幸にしたくない」


「いや、そんな……。小春はそんなつもりはなくて……」


「うるさい、うるさい! そんなの、そんなこと。そんなこと、そうに決まっているだろう? 毎日毎日、毎朝毎朝、嫌になるくらいに俺の部屋に来ているのは、起こしに来て様子を見に来ているのは、自分が特別だって思いたいからに決まっているんだ。病気を知っているのは自分だけ、理解しているのは自分だけ、自分は他の人とは違う、だから自分は特別だって思いたいだけ。そうなんだ。そのために俺の面倒を、毎日毎日、こうやって様子を見に来ているんだ。なあ、だってそうじゃないか。普通は考えられないんだよ。身内でもないのに、家族でもないのにこんなに看病するように毎朝来るだなんて。考えられないだろ、普通。小春はさ、俺のことが可愛そうだから、俺が病弱で、病気だから、それだからそうやって、こうやって毎日起こしに来てるんだろ。可愛そうな人を助けてる自分が好きだから、そうやって助けているんだろ。なあ、小春、だからもう俺に構うな。自分を犠牲にする意味は、ないよ」


「違う! 違うよ……そんな……小春は……小春は……」


「小春。それなら、違うっていうなら、違うって否定するなら、その理由を教えてくれ。教えてくれ。何だ。どうして俺のことを構うんだ。もしも百人近くに同じような病人がいたら、百人そうやって全部看病するのか。仕事でもないのに、医者でもないのに。どうして、そんなに優しくするんだよ、ほんとに」



 泣き出してしまった。両手で顔を覆う俺。ずっと、ずっと、しばらくの間泣いていた。



 泣いて、いた。



 それから少しして、落ち着いてから彼女は静かに俺をそっと抱き寄せた。優しく、優しく、大丈夫だよ、と。大丈夫。大丈夫だから、と。



「私ね、最初に咲くんが病気だって教えてくれたとき、どうしたらいいかわからなかったの。そんな事考えもしなかったし、心の病気というものに対しての知識も理解もなかった。私はまだまだ幼いなと思って、恥ずかしいと思った。子供なんだなって。何も知らないんだなって。だから知ることから始めたの。少しだけど、調べたの。理解も完璧には出来ないし、お医者さんじゃないから知識も浅いけど、わかってあげたい。あのね、咲くんの言う通り世の中は優しくないけど、でも地獄じゃないんだよ。私は、私くらいは優しい人になりたいよねって、そうおもうから。だから、まずは友達に優しくしようと思ったんだ。私、仲の良い友達がいないから」


「嘘つくなよ。お前は一年生のときも、二年生になってからも、クラス委員をやってるじゃないか。そのおかげでそれこそ溢れるばかりのたくさんの友達と話をしているだろ」


「違うよ。ううん、たぶん違う。本当に仲の良い友達は、たぶんいないと思う。みんな、良い顔で話してくれるけど、本当のところはどう思ってるのかわからないんだ。咲くんだけだよ。ちゃんと自分のことを話してくれて、私に向き合って話してくれるのは。嬉しいんだ。ちゃんとした友達ができて、嬉しいの」



 だからかな、毎日起こしに来ているのは。初めての大切だから。大切にしたいから。彼女はそう、付け加えた。



 俺達は学校へと向かった。



 今日はいつもより少し早めの十時前に学校に登校した。いつも通り、そんな事を気にする人は、誰もいなかった。



 今朝は諍いがあって、少しぶつかったけど、その殆どが俺の言いがかりのような、文句のようなわがままだったわけなんだから、いたたまれない。どうしてあんな感情的になって、一方的にぶつけるような、恩を糾弾と非難で返すようなことをしたのか、それは今思い返して考えてみてもわからないことで、精神的に不安定になっていたのだろうということしか推測できなかった。つくづく自分が嫌になる。しかし一方で小春の思いを、考えを少し聞くことができたのは良かったことだと思う。前々から思っていたけど実行していなかったことを、ふとした時についに実行してみるということは、案外悪いことではないことであることがわかった。思いついたらやってみる。それも悪くない。



 思いついたらといえばもう一つ。普段思っていながらやっていなかったことがあった。



 そう思ってそれをやろうと、放課後を待った。小春が今何を考えているのかを考えながら。





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