「いえーい♪ 君に会えてよかったー♪ このままずっと♪ずっと♪ずっと♪……」
放課後。学校の屋上に立ったのは軽音楽部のはみ出し者神祐希。自慢のアコースティックギターを鳴らして気持ちよさそうに歌っていた。俺と小春、麗はそれに付き合って手をたたきながら見ていた。学校の屋上は基本的に立入禁止なのだが、学校内で人に迷惑をかけずに音を出して練習したいというわがままを先生にお願いしたところ、特別に許された。というか、追いやられたに近い。学校の問題児を集めて、一箇所に追いやりたかった。本音はそんなところだろう。水たまりばかりで座れる場所も少ない。吹きっ晒しでゴミがたくさんあって清潔感はない。汚い場所である。今度掃除しなくちゃいけないか。
祐希はいじめられている。部活動内部の人間にいじめられ、居場所を無くした。いじめというのは自由が制限された環境、たとえば学校とか、そこで娯楽を見いだせなかった人間が娯楽を求めて見つけた楽しみ。人間を壊して楽しむ最低の行為。まあ、学校なんてつまらないからな。解決方法は学校や部活がいじめをするよりも楽しい環境なるか、別の新たな娯楽を投入して楽しさを与えるか、本来あるべき愉しみを諭すしか無い。しかし大概は、大人たちは真逆のことばかりやって解決させようとする。話し合えばわかるとか、犯人は誰だとか、そういうくだらない考えによってよくはならず、悪くなっていじめは加速する。被害者に残された解決策は逃げるしか無くなる。立ち向かえる勇気は、笑いに変えていく勇気を持てる人間は多くない。祐希はひとり屋上に逃避した。それからいつの間にかやって来た人間が友人になった。それだけである。
「なあ、小春は音楽好きか?」
「え? うーんと、どうかな。まあ、嫌いじゃないかな。自分で楽器を演奏したり、歌を歌ったりするのは不得意だけど……音痴だし……でも、こうやって聞いたりするのは好きだよ。神くん上手だし」
それが聞こえたらしい。歌を止めて会話に入って来た。
「お? まじ? 俺うまいか? そうかなぁ、照れるなぁ」
でへ、でへ、でへへへ……と、不気味に独りで笑ってなよなよしていた男がそこにはいた。良かったな今日は晴れていて。雨だったらひとりでなよなよしながら土砂降りコンサートになったていただろうよ。ひとりで。
祐希は演奏を再開し、より調子の良い大きな声で歌を歌い、ギターを鳴らした。それを見て麗と小春が手をたたきながらニコニコと聞いている。俺はバカの乱入で途切れた話を続けた。
「小春、俺も音楽が好きだよ。俺も祐希に教えてもらったギターが少し弾けるくらいで、歌もあんまり自信ないけど。でもさ、音楽は心を揺さぶって、いつでも平穏に保ってくれるんだ。こんな人間でも、こんな人間の精神でも。心をあるべき形に整えてくれるし、一人で泣きそうになっているときに音楽はいつでも蓋をしてくれる。ヘッドホンで塞いで、外界から自分を守って、そしてそれが聞こえる手前で音楽がそっちの世界で無音で待っていてくれたことをいつも知る。陰鬱で、憂鬱で仕方がない時でも、そこでは誰も俺のことをバカにしないんだ」
「そっかぁ」
「だから俺はこうやって頑張って音楽やっていたりするやつがいると応援したくなっちゃうんだよ。その相手がたとえ祐希でも」
祐希はちらりとこちらを見ながら歌い続けている。そろそろ終わりそうだ。
「部活のこともなんとかしてやりたいんだけど、でもそれはこっちの満足だけになりそうで怖い。あいつは部活がやりたいんじゃ無くて、きっと音楽が大好きな仲間と音楽がしたかっただけなんだろうから。部活でそれができれば、それはいいのかしれないけど、それはたぶん現実に於いては不正解なんだろうな。せめて俺たちだけは音楽が好きな人間でいてさ、あいつの音楽を好きでいよう」
ジャカジャン。一曲終わった。三人のまばらな拍手が送られる。祐希は片手を後ろに、片手を胸の前にして一礼した。どこか得意げであった。
「次はリクエストを聞くよ。何がいい? あまりレパートリーは多くないけど、有名なやつならできると思うぜ」
「ふーん、そうだな……」
俺は少し考える。小春も麗もあまり音楽は知らないというので、俺に託された。ここは一つセンスの良い楽曲をお願いしたいものだな。
「じゃあ、屋上で」
「屋上?」
「爆風スランプの屋上。知らない?」
「おい! 知らないよ、知らない知らない。もぉー、だから有名な曲にしてくれよ、もっと。マイナーすぎるよ、分からんわ!」
「屋上。いいタイトルだと思ったんだけどな」
「タイトルはいいかもしれないけど、じゃあ咲できるのか? 歌えるのか?」
「いや、俺も良くは知らない。なんとなくしか知らない。歌えないよ、悪かった」
「じゃあ、もっと有名なやつを、たとえば……」
そう言って次の歌を歌い始めた。なんだ、結局自分が歌いたい歌を歌いたいだけなんじゃないか。
「地球儀を回して……」
俺は次のその歌とギターに合わせて手をまばらに叩き、やはり音楽は心を安定させてくれると思った。あいつのド下手くそなウタエンソウでも、それでも自慢の鬱病も少しは和らいだような、そんな気がしたから不思議だった。