目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
1-2 雉子島麗(きじしまうららか)

「おっ、ようやく来たな矢箆原咲真(やのはらさくま)。なんだ、今日は調子良さそうじゃないか」



 教室に到着したのは午前十二時前だった。四時間目の少し前。ちょうど休み時間で、クラスは各々のざわざわてざわついていた。俺が一人増えたところて起こるざわざわは無い。誰も気づかない。気にも留めない。それでいい。一部では不良だ不良だと噂されているらしいが、それならそれで都合が良かった。余計な情報も誤解も、病気だという噂も流れない。



 席に着く前に挨拶をしてきた親友に、親友だと言えそうな男に朝の挨拶を返すとしよう。もう昼だけど。



「やあ、よくホームランを打つ北のロマン砲。俺は今日も大鬱だったよ」


「そうそう、俺は今日もホームランを打つ北のロマン砲……ってそれは野村だ。それはファイターズのおジェイの愛称だよ、野村佑希だ。違う違う俺の名前は神祐希だ」


「ああ、そうかそうか。それは悪かったよハンカチ王子」


「そうそう。こうしてハンカチで拭いながらキレのあるストレート投げ込んでいく……ってそれは斎藤だ。違う違う。それは斎藤佑樹。俺の名前は神祐希だ。祐希違いだ。漢字も違うし」


「悪かったよ、神祐希(かみゆうき)。おはよう」



 冗談が許されることが、この場所に居ても許されるのだということが分かる会話が俺はいつも嬉しかった。窓側の一番角の端っこの席が祐希の席で、その隣のこれも列の一番後ろが俺の席。担任がそろそろ席替えでもしようかと気を変えたり思いついたりしない限り、ここは変わらない。もう高校生だからな。義務教育の頃みたいにころころ頻繁には変えない。お友達作りまで世話を焼いてくれるところじゃない。



「悪かったな、小春。また後でな」


「うん。じゃあね、咲くん。また放課後に」



 小鳥小春(ことりこはる)は隣のクラス。だからいつもこの席まで見送られて、それから別れる。本当に、迷惑ばかり掛けてしまっている。忍びない。



 チャイムが鳴った。


 教師が教壇に立つ。


 起立、礼、着席。



 四時間目の授業がそうやって始まった。これが終われば昼休み、昼食だ。本当に、俺は何をしているんだろうな。







 ※ ※ ※













「咲くんたち、一緒にいい?」


「よお、委員長。もちろん、一緒に食べようぜ」



 祐希が招きいれたのはクラス委員長。八組のクラス委員をやっている彼女は雉子島(きじしま)麗(うららか)。小春の友達。仲良し。小春繋がりから俺と仲良くなり、俺繋がりの祐希と仲良くなった。そう、仲良し四人組。小春はクラス違うけど、でもあいつは俺達なんかいなくても自分のクラスに友達たくさんいるから、楽しそうにしているから、それでいいと思っている。俺とか祐希みたいに友達ゼロ人より全然いい。半分いじめられているような二人だ。クラスの厄介者、はみ出し者、不良者。いい噂は聞いたことがないが、そもそも噂されているところを聞いたことがない。俺も、祐希も。



 そこに訪問者有り。クラスの中へ、様子を見ながら恐る恐る入ってきて。端に顔を突き合わせていた俺たちのところに小春がやってきた。



「なんだ小春も来たのか」


「こんにちは。なんか、いつも一緒してるお友達がお休みみたいで。一緒にいいかな?」


「ふーん」



 お休みはまあ、仕方ないな。人のこと言えた自分でもない。



「咲は今日もパンか? 飽きないねぇ」


「ああ。家にあったストックの中から適当に。だから好みは母親寄りかな。菓子パンとか」


「ふーん、まあ、いいけど」



 小春と麗、祐希は各々弁当を広げで食べ始めた。俺は時折弁当を羨ましく思っていたが、それは贅沢し過ぎだと思ってもいた。なにはともあれ、これで仲良し四人組勢揃い。



 最近は三人で食べることが多かったので、四人で食べる昼という久しぶりが嬉しかった。いつでも優しい友に感謝だな。



 俺達は特にこれといった話をするわけでもなく、盛り上がるわけでもなく、淡々と飯を食っていた。それが心地よかった。ここが俺の居場所、俺が座っていてもいい場所だと、そう思えたから。



 誰かと一緒に同じ時間を過ごす。それは生活では避けては通れない。だから鬱にとって人との会話はストレスになる。誰とも知らない、良く知らないのに一緒に勉強して、バイトや社会人として仕事をして、クラスメイトや仕事仲間と食事なんてしていたら、それはそれだけで頭を抱えて、頭を内側に押し込めて、まるく、まるくなって、全てを面会謝絶にしようとする。音がいらない。雑音も、誰かの声もいらない。息が詰まる。気を使いたくないのに使い、だから飯を食ったとしても味も感じないだろう。食べて飲み込むだけ。それだけになる。そんなのは地獄だろうと思う。そんな経験はもうしたくないと思うが、しかし、そんな事があったことすらもう思い出せない。苦しかった感情はいつまでも残り続けるが、その時の人間も声も起きたことはそれに付随しているから何も覚えてない。たとえその時のどれかを聞かれたとしても、思い出せるのは鬱だけだ。だから友に感謝し、これからも一緒に食事ができることを、この時を過ごせることを大切にしていきたいものである。



「なあ、放課後はいつものところでいいか?」



 祐希が唐突に、ふと思い出したかのように言った。麗は頷き、小春は「はい」と言った。俺も頷いた。いつものところというのは、学校の屋上のこと。何をするのかというのは……まあ、別に大したことはない。鑑賞会だ。俺にとっては。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?