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第12話

 学術都市プラトン。

 ここに、ニルセバス王国の教育機関が集結している。


 六歳になる年に入学し、六年間、ニルセバス王国の魔法を学ぶ『学校』と、学校を卒業してから治癒魔法を専門的に学び、各都市や村にて開業医となるための『医療専門校』と、自らが魔法を教える側に立つために必要な免許状を取得するための『教員専門校』の三種類だ。


 治癒魔法は肉眼では見えない肉体の内部構造や人体の生命維持に必要なシステムを理解していなければ使用できない。専門校で学んで、ようやく外科的な手術が可能となる。たとえば骨折したとして、どの部分を修復すれば骨折する前の状態に戻せるかの知識がなければ、本来つなげるべきではない箇所をつなげて悪化させかねない。


 また、ニルセバス王国では、魔法が使用できない者は普段の生活すらままならない。専門校では、基礎から体系的に魔法を学び直すことになる。基礎がなっていない・・・・・・者は、ニルセバス王国の将来を担う若い世代の前には立てない。みっちりと再教育が施される。最終学年の締めくくりに教員免許取得試験という最難関が存在するのだが、合格率は一割にも満たない。不合格者は合格するまでやり直すか、別の仕事を探して教員の道は諦めるかを選ばされる。


 これらの教育システムをもたらしたのは転生者だが、異世界のシステムから良いところは学び、ニルセバス王国の国民性に合わないものは淘汰されて、現在のシステムで落ち着いている。


「卒業式ぶりだなー……」


 ビレトはアサヒの右腕に絡みついたまま、二つの塔を見上げていた。この塔は各種学校で教鞭を執る者たちの住まいとなっている。ビレトが学校を卒業したのは五年前だ。知っている顔が、まだ教員として働いているかもしれない。


 優秀な姉のカミオと比べられ、悪い意味で有名だったビレトである。こうして再び学び舎に戻ってくると、この場所で過ごした日々を思い出してしまい「どうしても行かなきゃ、だめ?」と何度目かの確認をした。


「解決してないっすから」


 ピーターが犯行に使用した毒は、プラトンで入手したものだと自供した。しかし、誰から購入したのかについては黙秘している。警備隊としてはこれ以上の追及はしない、とのことだが、アサヒにはむずかゆさが残った。このままでは夜もぐっすり眠れない。事実、昨晩は眠れていない。ビレトはアサヒを抱き枕のようにして熟睡していた。


 アサヒは、毒を売りさばいている存在を突き止めたかった。毒の販売をやめさせなければ、第二、第三のピーターが現れてしまう。もうすでに、何人かが毒を購入していたのだとすれば、手遅れかもしれない。


「ところでビレト、転がる石にコケは生えない、ってことわざは知ってる?」

「コケ……コケムストリのコケ?」

「そうそう。あのコケっす」


 コケムストリは全身に植物のコケが生えたニワトリだ。アサヒのいた世界には生息していない、ニルセバス王国で独自の進化を遂げたニワトリである。


「このことわざには二通りの意味があるっす。真逆っすけど『あっちこっちを転々としていると成功できない』っていうのと『常に新しい場所へと転々とする活動的な人』っていうのと」

「どっちが正しいの?」


 アサヒはコケムストリの姿を思い浮かべながら「ニルセバス王国的な解釈でいうと、どっちっすかね?」と苦笑いした。コケを良いものとして捉えるか、悪いものとして捉えるかの違いがある。一意専心、一つの道を極めるのを善しとするのであれば、コケは成果物の比喩であるから、前者が正しい。コケを塵芥の一種とするのならば後者が正しい。


「転がり続けていれば、前より大きくなって戻ってくることがあるのかもね」

「そうっす。成長した姿を見せるっす」


 今はアサヒがついている。卒業した頃の、五年前の自分とは違う。


 ビレトは背筋を伸ばし、二つの塔と向き合った。師匠に褒められた覚えのない五年間の修行の末、師匠から破門を言い渡され、実家まで歩いて帰るか戻ってもう一度修行させてもらうかを悩んでいる中で出会った転生者のアサヒ。アサヒのおかげで『国王になる』という大いなる目標ができた。サイクロプスを倒して、結果としてルースター村の危機を救っていたり。濡れ衣で投獄されて、疑いを晴らしてくれたり。アサヒがいなかったら解決できなかった。野生種のコケムストリのように、サイクロプスのあの大きな手に潰されていたかもしれない。


 できることなら、元の世界には帰らないでほしい。これから先の未来もニルセバス王国に、いや、国王となった自分のそばにいてほしい。アサヒにはアサヒの事情があるのを重々承知しているからこそ、ビレトは胸の内にワガママを隠している。


「兄者?」


 プラトンの全域にチャイムの音が鳴り響き、ニルセバス王国の学校の制服である深緑色のローブを身にまとった学生たちがぞろぞろと建物から出てきた。学年が上がるにつれてブローチの色が変わっていく。


「兄者! 兄者だ!」


 学生たちの集合体から離れた一人の少年が、ビレトとアサヒを見つけて、駆け寄ってきた。ブローチの色は藍色だ。三年目である。


「ビレトの弟?」


 アサヒに弟はいない。仮にいたとしても、ニルセバス王国にいるはずがない。姉はいる。


「いいや、ボクに弟はいない」

「兄者、王族の方とご一緒で……!」


 ビレトの右腕を見て、そう判断したのだろう。ドラゴンの腕はそれだけの迫力があった。


「残念だけど、自分にも弟はいないっす」

「またまたぁ」


 ご冗談を、とその少年はアサヒをひじで小突いてきた。盛大な人違いをされて――はいない。


「もしかして、この“器”の人の弟くんかも」

「っていうことは、この肉体の本来の持ち主の、弟?」

「うん」


 ビレトが先に気付いた。五年間寝食をともにしながら師事していた師匠のカブラギが転生者であったために、ニルセバス王国の一般的な住民よりは転生者について詳しい。


「えっ……じゃあ、兄者は……」


 少年との物理的な距離が離れていく。ニルセバス王国における転生者の“器”として選ばれるのは、不慮の事故により亡くなった人だ。転生者もまた元の世界で、近い将来に叶えるべき夢があったにもかかわらず、不注意で命を落とした者だ。アサヒの場合は、公式大会へ出場しなくてはならなかったのにトラックにはねられている。


「ウソだ……兄者が……」


 少年はビレトの発した“器”という単語から、自らの兄が志半ばにして倒れたのだと知ってしまった。そのショックでわなわなと震えている。

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