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第11話

 ドラゴンのヒゲにより、アサヒの肉体(※正確には、この肉体はアサヒのものではない。ニルセバス王国の住民の一人、アーサーのものである。転生者は転生する際に、魂と相性のよい“器”が選定される)に宿っている魔力が覚醒した。本来の持ち主によって魔力の出入り口に扉が設置され、その扉に施錠されているような状態だったが、ビレト由来の魔力によって解錠された。


 ニルセバス王国の住民が死亡すると、その肉体には魔力が残留する。遺体から魔力を吸い上げられるのを防ぐために、ロックがかかる仕組みだ。これにより、転生者は転生した直後から魔法を使用することができない。魔法の使用方法をニルセバス王国の住民から教わるなどして、ようやく解錠される。


「みなさんにお集まりいただいた理由は、自分が『ファッションセンターあきやま』店主殺害事件の真犯人を突き止めたからっす!」


 パスカルの中心部、噴水広場の舞台にアサヒは立っていた。舞台上には容疑者であるスミスとピーターもいる。口ピアスとスキンヘッドなふたりは、アサヒの言葉を受けて、似たような反応を示した。スミスはうんざりとした顔をして、ピーターは鼻で笑い飛ばした。どちらも真に受けていない。


 真相を暴露してから容疑者が逃亡しないように、舞台袖には警備隊を待機させている。アサヒとの事前の打ち合わせで、警備隊が噴水広場全体に妨害魔法をかける運びとなった。そうでないと、移動魔法を使用して真犯人が逃げてしまうかもしれない。見世物が始まったぞとぞろぞろ集ってきた観客のうちの一人が、逃亡を手助けする危険性だってある。用心するに越したことはない。


 将来的には被害者の義理の妹になるはずだったスミスは「あのドラゴン娘が犯人でいいだろうが!」と声を荒げた。たまにケンカはしても、スミスはアネッサを義理の姉として敬愛していたぶん、犯人への怒りより悲しみが強く、本件についてはもう終わった話としたかったのだ。


 犯人が誰であれ、亡くなったアネッサは蘇生魔法を使用しない限りは戻ってこない。ニルセバス王国には人間を生き返らせる手段として蘇生魔法があるとはいえ、莫大な魔力を必要とするために、実行する者はほとんどいない。


 過去に蘇生魔法を使用した人間は、最高刑を言い渡された。大事な人を蘇らせるために、他人の命を奪う行為は許されない。したがって、実質、蘇生魔法はあってない・・・・・ようなものだ。有名無実化している。


「あのドラゴン娘って、ビレトのことっすよね?」

「ああ、そうだよ」

「ビレトの冤罪疑惑を晴らさないと、自分は元の世界に戻れないっす。ビレトは、王様になるっすから」


 噴水広場にのこのことやってきた観客の一部から、失笑とも取れる笑い声が聞こえてきた。国王になるまでの道のりの厳しさを、身をもって体感する。


 しかし、事情を知らない見ず知らずの人間に心を折られるほど、アサヒはやわではない。プロゲーマーという職業に就いていると、心ない言葉をSNSで浴びせてくる人間もいる。特に、試合で凡ミスをして負けたときは、一切の通知を遮断したくてスマホの電源を切りたくなる。彼らは『ファン』を標榜しながら、ここぞとばかりに撃してくる。そんな人間に比べればかわいいものだ。


「今の王様を倒して、みなさんが税の取り立てにおびえないような、平和な暮らしを約束するっす!」


 ビレトの言葉を裏付けるように、歴代の国王は先代の国王の親族であることが多かった。これはアサヒがパスカルの公立図書館で『ニルセバス王国の歴史』を調べた際に得た情報である。


 現在の国王のマモンが重税で人々を苦しめているとはいえ、順当にいけば次の国王はマモンと第一夫君との娘がなる。歴史は繰り返すものだというのなら、ビレトは前代未聞の大事件を起こさねばならない。いくら学生時代にいじめられて恨みがあるとはいえ、ここで歩みを止めるわけにはいかないのだ。


「聞きましたかみなさん! 国王を倒す・・・・・! こいつらは、気に入らない相手の命を奪って排除しようとする!」


 悪政に苦しめられているのは誰もが同じで、国王の代替わりを望む声は大なり小なりあるものの表立っては言わない。マモンは自身の悪評を流す者を見かけたらソリヴイゼンの居城まで報告するよう呼びかけていた。密告だ。


 ピーターが声を張り上げて観客に呼びかけたのは、ビレトに罪をなすりつけるため。ビレトのみならず、ビレトの従者(と思い込まれている)のアサヒも、仲良く牢にぶち込みたかった。そうすれば、ピーターは疑われなくて済む。


「みなさん聞きましたか! この人は! ビレトを復讐に燃える非道の極悪人にしようとしています! ビレトは浮遊魔法を極めたスペシャリストっていうか! っていうか、あの場でアネッサを毒殺・・できるはずがないっす!」


 観客が騒がしくなる。アネッサの死因は公表されていない。


「アネッサの朝メシに毒を仕込んだのは、ピーターっす!」


 アサヒは、探偵のキャラクターになりきったつもりで、ピーターを指さした。これにはスミスが「おい!」と噛みついてくる。スミスにとってのピーターは信頼できる大先輩だ。ビレトが犯人だというのに、ピーターにあらぬ疑いをかけにきたと解釈しているのだろう。


「アネッサの母親から聞いたっす。ピーターが朝早くから来て、朝メシを作ってくれたって。ロバートが働く前から働いているような、歴の長い従業員だから、っていう信頼を逆手にとって、お前はアネッサのパンに遅効性の毒を塗りたくった!」

「ピーターさんが、ピーターさんがそんなことするわけがない!」


 スミスは否定するが、ピーターの顔色が徐々に悪くなっていく。すぐに毒が効いてしまったら、犯人は特定されてしまう。昼食や夕食も平らげたタイミングで毒を起動させて、うやむやにする作戦だった。


 だが、偶然にもアネッサと因縁のあるビレトが来店して、急遽作戦を変更する。ビレトは都合のいい身代わりとされてしまった。


「ピーター視点で考えたっす。アネッサの父親の代からずっと店のために働いてきたってのに、娘が学校を卒業して、店主としてデカい顔をするようになった。ピーター的には、面白くない話っす。娘のアネッサより、自分のほうが店主になるべきだって、思っていたっすよね?」

「部外者が知った口を!」


 スミスがアサヒを怒鳴りつける。その隣でピーターは、髪のない頭をかきむしっていた。


「あいつ……あいつ、店の売り上げを使い込んでたんだ!」

「ピーターさん……?」

「閉店作業はウチの仕事だからよ! 計算が合わないって、毎日詰め寄ってたよ! 先代にも言った! そしたら先代は『大目に見てやってくれや』って言いやがった!」


 ピーターによる暴露大会が始まった。これで動機は判明した。


「このご時世、マモンが国王になってから、どの店も増税で苦しんでるってのにさ。ぼんくら娘とバカ親のせいで、店が潰れちまったら俺の生活はどうなるんだよ……!」


 アサヒは警備隊と目を合わせた。舞台袖からカウボーイハットが現れて、ピーターを真犯人として逮捕する。拍手は起こらなかった。

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