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第10話

 無実の罪で囚われの身となってしまったビレトのために、事件とその関係者を整理しよう。背後関係を洗い出せば、真犯人の姿が見えてくるかもしれない。アサヒは自身の服を買ってから、ビレト以外の容疑者の身辺情報を調べた。


「第一発見者っていうか、真っ先に生死を確認しに行ったのは口ピアス。あの店でバイトとして働いていたスミスっす。っていうか、あの店って被害者のアネッサが店主だったっすね」


 スミスはビレトやアネッサとは学年違いで、ビレトとは直接の面識はない。アネッサは学校卒業後に父親が営んでいた『ファッションセンターあきやま』のパスカル店の経営に携わるようになった。現在のようなパンクなファッションの品揃えが充実したのはアネッサが発注を任せられるようになってからだ。最初は常連だったスミスにアネッサが声をかけて、バイトとして雇い始めた。


「そうだよ……ボクも入ってすぐにおかしいって思った……昔の『あきやま』と店内の雰囲気ぜんっぜん違うし……」

「昔は『しまむら』みたいな感じっすか?」

「しまむら?」

「あー、そっか。こっちに『しまむら』そのものはないっすよね。なんていうか、大衆的?」

「子ども服からおとなの服まで売っているし、困ったら『あきやま』に行けば買えるし、みたいなお店」

「ほな『しまむら』っすか……」


 アサヒは脳内の『しまむら』と現在の『あきやま』のラインナップを照合してみる。一致しない。


 無難なファッションをリーズナブルな価格で買い揃えられるファッションセンターに入ったら肩にトゲトゲの付いたダウンジャケットやもはや捨てたほうがいいほどのダメージの入ったデニムパンツが売っているのは、ターゲットの客層を見誤っているといえよう。しばらく『しまむら』に行っていないので、もしかしたら現在の『しまむら』にはそういったアイテムが並んでいるかもしれないのだが、おそらくは違う。


「先週の話っすけど、店内でスミスとアネッサが言い争っているのを見たっていうお客さんがいたっす」

「スミスさんにもアネッサへの恨みがある! なら、スミスさんが犯人!」


 早とちりするビレトを「まあまあ」となだめて、アサヒは「その内容ってのが、アネッサの弟さんが関わってくるらしくて」と続ける。


「アネッサの弟さんはスミスと同学年で、学校に通っていた頃から付き合っていて、将来的には結婚まで考えていたらしいっす」

「姉が交際を認めてくれないから殺した?」

「そんな短絡的なことするっすかね?」


 姉弟仲も悪くなかったとアネッサと家族ぐるみの付き合いをしているという人から聞き出せた。彼氏の姉の店で働いていたスミスが、殺人犯だろうか。


「アネッサがうめいてしゃがみ込んだとき、スミスはマジで心配してたっすよね。アネッサを殺そうとしてやったのだとすれば、あれは演技ってことになるっす。演技力高すぎっす」

「たしかにそうだ……あのときのスミスさんは、予期してなかったことが起こって慌てているようにしか見えなかった……」

「だから、自分はもう一人の女性店員、スキンヘッドのピーターが怪しいとにらんでるっす」


 ピーターはビレトやロバートの先輩にあたる。学年としては三つ上で、アネッサが『ファッションセンターあきやま』のパスカル店に関わる前から働いていた。アネッサの父親に雇われた正社員で、店長のアネッサに次ぐ副店長の肩書きを持っている。


「店長の経営方針が気に入らないから殺した!」

「まあまあ、ビレト」

「だって! あいつ! 警備隊が来てからボクが犯人って言ったし!」

「それもあやしいっすけど、アネッサが倒れたときにも驚いてなかったっていうか」

「あれは、警備隊を伝達魔法で呼んでいたのかも……?」


 伝達魔法。スマートフォンはもちろん、電話やメールなどの連絡手段のないニルセバス王国において、遠くの人と会話するための手段だ。テレパシーのように、口を動かさずとも、届けたい相手の脳内へとダイレクトに声を届けることができる。


 ニルセバス王国の学校では移動魔法と同じく一年目に習う魔法なので、ニルセバス王国の七歳以上の住民であれば誰もが使用できるとされている。


「っていうか、ピーターはアネッサともめまくってたらしいっす。オヤジのときから働いているんだから給料あげろとか、もっと休ませろとか」

「動機、ある!」

「ビレトが来たのを見て、よっしゃこいつに罪着せたろ、ってなって犯行におよんだ――ってのが、自分の推理っす」

「警備隊に言おう!」

「ただ、証拠がないっすよ? 証拠がないのに、自分が『ピーターを犯人です』って言ってもお前ビレトの味方やんかってならないっすか?」


 ビレトは自らの左の頬を、左手の人差し指でツンツンとつつく。黒い毛がみょっと生えてきた。その先端をつまんで、よりをかけながら引っ張っていく。


「何っすか?」

「ドラゴンのヒゲ」


 ある程度の長さまで伸ばしたところでぷちっと引き抜いて、先端と切れた部分とを結び合わせて輪を作る。ビレトはアサヒを手招きして近づけてから、ジェスチャーでしゃがませて、さらに後ろを向くように指示した。


 長い黒髪が手ぐしで整えられて、まとめられて、一つの束になる。


「お? おお?」


 アサヒが後頭部に手を添えて確認する。高めの位置、ポニーテールができあがっていた。


「おそろいー」


 うれしそうにしているビレトの左手には、先ほどのドラゴンのヒゲの輪がない。


「ヒゲで結んだっすか?」

「そう! これでアサヒも簡単な魔法なら使えるようになるし、ここからでもアサヒの声が聞こえるようになるし、おそろいだし」

「片手でよく結べたっすね……」

「自分のがほどけたときのために、浮遊魔法をアレンジして練習してたからね」


 簡単な魔法が使えるようになる。ということは、警備隊を納得させられるような証拠を探しに行ける。アサヒはビレトのために、もう一度、犯行現場の『ファッションセンターあきやま』のパスカル店に向かうことにした。

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