「ディスられたぐらいで殺すなんて……見損なったっす」
檻を隔てて哀れみの目で見られたビレトは「ボクがやったんじゃない!」と弁明した。ただし、アサヒはこの程度でビレトを見限るわけにもいかない事情がある。ビレトが座るべきは牢の中のちっぽけなイスではなく、ソリヴイゼンの城の玉座だ。
「出会って五秒でチューしてくるからなぁ」
衝動的な殺人もあり得るのかもしれない。
動機ははっきりとしている。ドレッドヘアーの女性店員・アネッサは本人が生前に発言していた通り、ビレトの同級生だった。
アネッサはいじめの首謀者であり、当時これを問題視した教師はビレトとビレトの父親、アネッサとアネッサの父親とを呼び出して話し合いの場を設けたが、ビレトの父親が「いじめではない」と言い張った。いじめている側が悪いのではなく、いじめられている側に問題があるとして、むしろアネッサの肩を持ったのだ。
学校卒業後、ビレトは転生者で剣の達人な師匠のもとに弟子入りしてしまうから、再会したのは五年ぶり。警備隊は「五年前の恨み辛みからの犯行ではないか」というスキンヘッドの女性店員・ピーターの主張を認めている。
真犯人を見つけ出さねばならない。プロゲーマーに必要な「ちょっとした違和感に気付く」観察力や「チームメンバーの経験と過去のスクリム結果から次の戦略を編み出す」分析力は、異世界での探偵ごっこにも役立つ。
口では『見損なった』と言ってはいても、アサヒはビレトを犯人だとは思っていない。投獄されたままではいつになっても国王になれず、アサヒが元の世界に帰れる日が遅くなっていく。のもあるが、この短い付き合いの中で、ビレトが突発的に人殺しをするような人間とは思えないからだ。
「覚えてたんだ」
「忘れないっす」
なんだか怒っているように見えて「で、でも、あれは、魔力を分け与えるためであって……」としどろもどろになる。
「チュー以外に方法はなかったっすか?」
「体液ならなんでもいいから、血液か涙か、もしくは」
ビレトの言いかけた言葉に手のひらを突き出して食い止めた。
「うーん、わかったっす……消去法でチューになったっすね」
「あのまま倒れてたら、サイクロプスに食べられちゃってたし」
睡眠を取れば魔力は回復するのだが、回復しきる前にサイクロプスに見つかってコケムストリのように潰されていただろう。ビレトはアサヒの命の恩人なのだ。
「初動死するところだったんっすね」
「しょど……?」
「ゲームが始まってからすぐに敵に倒されることっす」
「ゲームの言葉、難しい……さっきの『ディスられ』っていうのは?」
「バカにされた、ぐらいの意味っす」
「だったらそう言えばいいじゃん」
「流行ってみんなが使っていると、マネして定着しちゃうものっす」
「そういうものかぁ……」
ビレトの右腕は相変わらずドラゴンのもののままだ。その鋭利なツメがあればこの檻が破壊できそうなものだが、破壊したところでふたたび逮捕されるのがオチ。余計に罪が重くなるだけだ。
「っていうかビレト、そのおなかの模様って何っすか?」
捕まってからのビレトは、上着が剥奪されてしまっていた。脱走を防ぐ目的がある。下着姿で歩いている人間がいれば、誰しも不思議に思うだろう。見つけ次第、伝達魔法で警備隊を呼ぶことが義務づけられている。
「これ?」
ビレトのへそを中心として、月桂樹の冠の
アサヒは檻のすき間から人差し指をねじこんで、輪をなぞる。ビレトがくすぐったそうに身をよじった。浮き出ているわけではない。
「これ、
「マジ?」
「ボクの記憶が正しければ、これは『契約の印』だし」
ビレトが逮捕され、警備隊に事情聴取されてから、単独行動となったアサヒは他の店でパーカーとデニムのパンツを購入した。そのパーカーをめくりあげると、へその周りにビレトと同じ輪がある。
「気付かなかったっす」
「アサヒとチューして、ボクの魔力がそっちに行って、ボクが『国王になる』と思ったときに、契約が結ばれた、と思う……」
ビレトの話を聞きながら、今度は自分の肉体にある輪をなぞる。正確には、アサヒの肉体ではない。アサヒの肉体は女神サマが管理しており、魂だけがニルセバス王国に転生している。ニルセバス王国の民の“器”に憑依する形だ。
「自分の身体じゃないから、いいっちゃいいっすけど……」
元の持ち主に悪い気がした。悪い気はするが、アサヒが元の世界に戻れなければ、これまでの練習がすべて無駄になってしまう。アサヒのゲーム内ポジションはオーダー。他のチームメンバーに指示を出す役割だ。アタッカーに攻撃先を指定したり、次の移動先を決定したりと考えることは多くて忙しいのに、負けたら「オーダーの指示が悪かった」とやり玉にあげられがちな不遇のポジション。しかし、いなければチームが瓦解する。
「目的が達成されたら消えるし、気にしなくていいと思う。それより、ボクをここから出す方法を考えてほしいな」