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第8話

 「おう、ビレト! 久しぶりじゃんかあ!」


 コケムストリ窃盗事件を解決したビレトとアサヒは、パスカルという都市を訪れている。アサヒの着替えを購入すべく入った店で、ビレトが女性店員に肩を小突かれた。


 この女性店員がドレッドヘアーだったので、チームオーナーの那由他の顔がアサヒの脳内にちらついた。チームオーナーとして取材を受ける時や公の場に出たり大会を応援したりする際にはドレッドヘアーにスーツ姿もしくはMARSのユニフォーム姿で現れる、いい意味で目立つ・・・存在だ。顔がいい。イケメン。なので選手を差し置いてオーナーを推しているファンもいた。所属している選手のアサヒからすると複雑な気持ちはあるが、全く見向きもされないよりはいいか、と前向きに捉えている。


「あっ……うん……」


 ビレトの知り合いのようだが、声をかけられた側は所在なげに視線を泳がせている。なんだかきまずい。小柄なビレトがいっそう縮まって見えた。ハンガーに掛けられている服のバリエーションを見たところこれといって惹かれる一品がなく、ターゲット層の違いを感じるアサヒはビレトの左手を引いて退店しようとする。ルースター村のカフェでのお茶代を支払ってもあまりある謝礼金をいただいたとはいえ、好みではない服を購入するのはもったいない。


 だが、女性店員のほうは「おーい! ビレトが来たぞー!」と店の奥に声をかけた。そちらから女性店員と同じようなタイプの女性たちがやってくる。仲間を呼ばれてしまった。類は友を呼ぶ。


「こいつがウワサの?」

「そうそう! ほら、見ろよ、イカツい腕してるじゃんかあ!」

「うっわ、ほんとに王族なんだー。イカしてるー!」


 褒め言葉のようで、イントネーションに嘲笑が含まれている。ビレトはそっと右腕を背中に隠した。サイクロプスを倒して、アサヒからは賞賛され、村の住民たちからは感謝されたことで、最終目的である『国王になる』への道が明るく照らされたというのに、こんなところで挫折させるわけにはいかない。


「この世界で王族をバカにするなんて、いい度胸をしているっす」


 アサヒがビレトをかばうように前へ出た。ドレッドヘアーの女性店員は、自分よりも身長のあるビレトの連れがケンカ腰なのに対して「アァ? なんだあ?」とアサヒをにらみつける。幸いにも客はビレトとアサヒの他にはいない。


「ビレトは、マモンを倒して新しい王様になるっすよ。今のうちからゴマをすっておいたほうがいいっす」

「王様だとお……?」


 ドレッドヘアーはアサヒの言葉を訝しんでいる。まるで、別の国の言葉を聞いた時のような反応だ。別の国の言葉を聞いて、自分の使用している言語ではどんな意味であるかを、必死で探しているような。


「このニルセバス王国の王様になるっす。ビレトが」


 アサヒは助け船を出したが、この一言により、ドレッドヘアーと他の女性店員二人は腹を抱えて笑い出した。女たちの下品な笑い声が店内BGMと化す。


「ぎゃははははははは!」

「何がおかしいっすか。ビレトは見ての通り、王族っすから、王様になれるっすよね?」

「こいつがなれるわけないじゃんかあ! ……オニーサンよお、ビレトのお付きの者だってなら、主人の実力を知っといたほうがいいぜえ?」


 主人の実力は、この目で見た。サイクロプスとの戦いでの勝利が、ビレトの実力だ。


「だって、こいつ、伝達魔法もうまく使えなかったんだぜえ?」

「うわ! 普段どうしてんの?」

「知らねえー。お付きの者が四六時中いっしょにいてくれるんなら、必要ないんじゃねえ?」


 また三人がゲラゲラと笑い出した。アサヒはその『伝達魔法』を知らない。知らないので、ビレトが『伝達魔法』を使えないことがニルセバス王国に住まう者たちにとってどれだけ常識外れなのかもわからない。けれども、この三人がビレトを嘲っているのはよくわかった。


「お前とビレトがどういう関係だったのかは知らないが、ビレトをけなすのは許せないっす」


 自然と身体が動いて、アサヒはドレッドヘアーの着ている上着の襟首を掴んでいた。暴力という手段に出られたからか「な、なんだよお! アタシとビレトは学校の同級生だったんだってえ!」と慌てて釈明するドレッドヘアー。


「そうっすか?」


 振り向いて、ビレトに真偽のほどを確認する。ビレトは素早く二回うなずいた。手を放す。


「くっそ、客が暴れたって、警備隊呼んでやる……うっ!」


 アサヒから解放されたドレッドヘアーがうずくまる。他のうちの一人、口ピアスの女性店員が「どうした?」としゃがみこんだ。もう一人のスキンヘッドは「おい、おまえら! 何をした!」とビレトとアサヒを交互に見る。ふたりは顔を見合わせるだけだ。何もしていない。


「腹が、腹が痛てえ!」


 姿勢を低く保ったまま、店の奥に向かおうとして「んああああああああああ」と叫んだかと思えば、うつぶせに倒れた。口ピアスが駆け寄って、その顔が青ざめる。


「おい……嘘だろ……」


 アサヒも近付いていき、その首筋に指をあてた。脈がない。


「死んでる」

「ええっ!」


 ビレトの同級生の女は事切れていた。数秒前まで笑っていたというのに、腹痛を訴えてからはあっという間の死だ。


「通報を受けた! この店であっているか!」


 扉を開け放って、カウボーイハットの男が入店してきた。素早い。クライデ大陸の警備隊は、その目印としてカウボーイハットをかぶっている。カウボーイハットには特殊な魔法がかけられており、複製はできない。警察手帳の役割も担っているのだ。警備隊ではないのに警備隊を名乗ってカウボーイハットを被るような不届き者は、その特殊な魔法により瞬時に身元が判明する仕組みとなっている。


「犯人はこいつです!」


 スキンヘッドの女は、あろうことかビレトを指さした。


「ボクぅ!?」

「こいつ、学校でいじめられていたらしいんですよ! 五年も前の仕返しをしやがってからに! 殺さなくてもいいだろうが!」


 まくし立てられて「その……いじめられてたのは……そう……」とビレトが肯定してしまう。次の瞬間にはビレトの胴体に縄が巻かれていた。

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