ニルセバス王国は、四方を海に囲まれたひとつの大陸に存在している。かつては小さな都市国家が乱立していたが、クシャスラなる者が天界より現れ、総ての都市国家を制圧した。
クシャスラは首都をソリヴイゼンに定め、自らの城を建てる。そして初代の国王となった。
のちに、クシャスラの血を継ぐ第一子は完全にドラゴンの姿を取ることができ、第二子以降は
人間とドラゴンとの違いは、魔力の総量にある。ニルセバス王国での生活は魔法が必須であり、社会基盤に魔法が組み込まれていた。総量は多ければ多いほど一日に使用できる魔法の回数が増える。総量は、加齢とともに減少していく。
一部でもドラゴンとなれる者が
「ボクにも継承権はあるっちゃある、が」
魔力不足から復帰した黒髪の少年に「キミを王様にする!」と興奮気味に叫ばれたものの、銀髪の少女は自嘲気味に笑っている。
「分家筋だし、落ちこぼれだしで、国王になるなんて言ったら、すんごい反対されると思うよ。身の程をわきまえろって、怒られちゃう。ねえさんが言うならともかく」
「ねえさん?」
黒髪の少年が首をかしげる。身丈が銀髪の少女より高く、顔も大人びて見えるが、実年齢は銀髪の少女より下――なのか?
「カミオって、知らない?」
銀髪の少年が姉の名前を挙げる。同世代でこの名前を知らないのだとすれば、その人は学校に通っていない。親が直接魔法を教えるようなご家庭か、あるいは独学で魔法を習得しようとする変わり者だ。たいてい、いずれも失敗して、中途半端なタイミングで学校に編入学する羽目に陥る。
黒髪の少年はその名前を復唱してから「……自分は記憶喪失みたいなものになっていて、この世界のことがちっともわからないんっす」と困ったような顔をして答えた。
「記憶喪失!」
人間の記憶に直接手を加える忘却魔法は、複雑で高度な魔法とされている。手順を間違えると、使用者にダメージが跳ね返ってくるといった厄介なもので、それ
「記憶喪失っていうか、自分は元々、別の世界にいた人間で。前知識なしでこの世界に転生してきたっていうか、そんな感じっす」
黒髪の少年は、自らの身体をまじまじと観察しつつ、つらつらと話してくれた。状況から鑑みて、銀髪の少女が助け起こしてくれたと推察した上で、事情を伝えている。
「女神サマに『銀髪の少女を王様にしてね!』と頼まれて、転生してこっちに到着した矢先に、頭痛くてぶっ倒れたんっすよ。その『銀髪の少女』を捜さにゃならんっていうのに……。そしたら、キミのほうから来てくれた。これは運命っすね」
手や腕、足を見てから、自分の頭に手を伸ばし「あれ、髪が長い?」と髪を数本つまむと、その先端部分を物珍しげに見つめている。転生する前の世界では、ここまで髪を伸ばしたことがない。
「……女神サマの言う『銀髪の少女』って、ボクではなくてねえさんのほうかも」
「カミオって人っすか?」
「そう。ねえさんはボクと違って超優秀だったし、ねえさんが『ミカドになる』って言うなら、みんな大賛成だよ」
「なら、その超優秀なねえさんに会わせてもらえないっすか?」
銀髪の少女は、嘘偽りなく、この黒髪の少年にこの世界の知識がないのだと気付かされた。別の世界から来た人間に違いない。師匠のカブラギと同じく転生者だ。
「ねえさんは今、修行の旅に出ていて、帰ってくるまで会えない」
「呼び戻せないっすか?」
本当に知らないようだ。呼び戻せるのなら、とっくに呼び戻している。今頃次の国王となっていることだろう。
「ねえさんは超優秀だから、待ってたら帰ってきてくれるよ」
王族の長女は十二歳の春に別の世界へと修行の旅に出なくてはならない。かつてフェネクスがミカドであった頃に決まり、
「それっていつ?」
「さあ……」
「さあ、じゃ困るっす。自分は、明日にでも帰らなくちゃいけないのに」
黒髪の少年は、かすかに見えた希望が遠ざかっていくような気がして、がっくりと肩を落とした。しかし、女神サマは『銀髪の少女』としか言っていない。黒髪の少年の前にいる少女も銀髪だ。
「キミの名前は?」
「ビレト」
「……聞き慣れないのは、俺が日本人だからっすかね」
王族は慣例として悪魔の名前を名乗る。カミオは知り合いにその名字の人物がいるので聞き覚えがあったものの、ビレトにはない。
とはいえだ。異世界に来たのだから、異世界の文化になじまなくてはなるまい。黒髪の少年は脳内で何度か呼びかけて、この銀髪の少女とビレトという名前をひも付けた。
「新堂アサヒ。アサヒでいいっすよ」
「なんで急に名前を?」
「キミの姉じゃなく、お前をミカドにしないといけないから。今後ともヨロシクってことで。ビレト」