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第6話 ガソリンスタンド


 初めての職種だった『ガソリンスタンド』の店員。それもフルサービス。どんな事でも挑戦する私は、次の職種として選んだんだ。彼氏と毎日喧嘩して、もう無理かなって泣いてた。色々な事情で仕事をしない彼。出来るのにしない彼。私は二人の生活を守る為に無理の連続だった。もう限界かもしれない。前科持ちの彼を守るなんて私には最初から不可能だったのかもしれない。


 「お願い約束して……あの世界には戻れないで」


 「……分かってる」


 そう冷たくあしらう彼氏の態度に何度傷つき、泣いただろうか。それでも別れられない。別れるなら消えるなんて言ったり、追いかけ続けるなんて呟くから、言葉で雁字搦め(がんじがらめ)にされた私は彼の所有物であり、羽を捥がれた鳥。自分で選んだ人だから、自分が悪いけど、後悔はしていなかった。


 そう、あの時までは──


 「仕事だろ、早く行けよ」


 「うん……」


 言葉の迷路に迷った私はガソリンスタンドへと出勤した。そこに彼はいたの。最初は興味なんてなかった。全然。相手にもしてなかったし、上司だし、ビジネスが絡むから恋なんてする訳ないと思っていたの。毎日毎日洗車と給油の繰り返し。その内他の店舗の女性たちで集まり『ミィーティング』に参加するまでもなった。


 慣れてきた頃に他の店舗のお局に言われたの。あの人貴女に興味があるってさ、可愛いて言ってたよ?付き合えばなんて。彼氏は彼氏で他の女を作るし、もう限界だった。




 好きだなんて伝えない。だって自分の気持ちが不透明だったから、口を噤んだ。その時だった。彼氏から浮気相手が妊娠したと聞いて、心が壊れそうだった。プロポーズを断った私が悪いけど、それは彼氏との先が不安だったからなのに、誤解して好き勝手にするような彼氏。もうそこまでいくと付き合っているなんて言えなかったけど、それでも許してた。だけど妊娠は別だから、身を引いたの。内縁の妻の私は。彼と別れた。



 「別れました」


 「大丈夫か?」


 「……はい」


 店長副店長がする仕事までしていたから、職場には二人しかいなかった。目と目が触れた瞬間、あの人が微笑んで頭を撫でてくれたの。私が立ち直るまで、見守ってくれてた人。




 今ではいい思い出。



 自転車で走ってたら、貴方を見かけたよ。すっかり痩せて、大変そうだった。


 でも声はかけない、過去の事だから。




 彼の優しさと私の優しさがすれ違いながら、時を刻んでいく。



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