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第5話 星になった彼

 君の手を握りたいのに、握れない。何故かって?もう君は『この世』にいない人だから。わんわん泣いていた昔のあたしはもういない。残ったのは痛みと苦しみだけ。もう涙は泣きすぎて枯れ果てた。どうしてなんて呟いて、あの約束の地に戻る事は……もうないの。それだけあたし自身が『大人』になった証拠なのかもしれないけど、寂しく感じるのは貴方のつける香水の残り香を忘れられないからかな。


 原付で二人で乗って、ハラハラしながら夜の街を走ったね。後ろに乗る事になれていないあたしは、怖くて怖くて、震えていた臆病者。


 「もっと抱きしめろよ。落ちても知らないよ」


 そう康介があたしに声をかける姿は少し頼もしくて、心強かった事を覚えている。基本男性の背中を抱きしめるなんて照れ屋なあたしに出来るはずないのだけど……怖くて、その言葉通りに彼の背中を抱きしめた。


 するとどうだろう。ドクンドクンと背中を伝い、あたしの胸に鼓動が重なっている。康介もドキドキしているのかな?とか思ったりするけど、そんな事口に出したら、どうせ怒るから、無言のまま走り続ける。


 この幸せが……ずっと…続くといいのに。


 ねぇ、あたしの願い貴方には伝わっていたかな?照れ屋なのはあたしだけじゃなくて康介も同じだと今なら思うの。好きだよ、なんて言葉は言ってくれない。その代わりに時々抱きしめて『安心』させてくれる不器用な人だった。


 「春……お前怖いんだろ?臆病だな」


 クスクスと運転しながら笑う枯れの声色は『微笑み』に近い。そうやって素敵な時間は過去へと流れ、一人ぼっちになったあたしがいる。


 「ただいま」


 ……


 何も返答がない。おかえり春、お疲れ。の一言がなくて、何度も泣いたっけ。





 もう何年が経ったのかなぁ。こうやって康介の事をもっと過去の思い出にして、別の人を愛するのかな。




 「おかえりって言ってよ……こうすけぇえええ」




 暗闇の中で泣き崩れるあたしの傍に彼はもういない。


 その代わりに、夜に輝く一つの星になった……



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