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第4話 水無月の夜に

 暗闇の中であたしとあの子は二人で海を見ている。ここが二人の唯一凹める場所でもあり、癒しの場所でもあるから、定期的にこの海岸へと車で向かう。あたしの名前はまゆ。彼女の名前はりい。もう20年以上の付き合いのあたし達は、家族ぐるみの付き合いで、なんとなく関係が続いている。最近は二人共別々の道を選び、連絡も取らないように、程よい距離感で過ごしている。


 これは昔話になるのかもしれないけど、あたしの中では彼女は親友に近くて、遠い存在。それはりいの方からも言われた事があった。互いの環境は特殊でお互い泣く事も多かったが、あたしの抱え込む苦しみと、彼女の苦しみのふり幅が凄くて、彼女にあたしの全てを語る事が出来なかった。泣きながら『どうしたらいい?』と聞いてくる彼女を慰めるのがあたしの役割であり、傍にいて支えたいと思う友人の一人。それも特別な……


 あたしが泣いて、不安にさせる訳にはいかない。波乱万丈だと周りから言われる人生を語るのはりいを巻き込む事にもなるし、大切だからこそ隠していたのかもしれない。


 今思えばだけど──


 「まゆはどうしてあたしに心を開いてくれないの?あたしはこんなに開いているのに」


 そう言われる度に、トラウマと共に胸の奥に大きな傷跡が浮かび上がりながら、泣きそうになる。言葉で示さないと大切なんて伝わらないのに、その一言を呟く『勇気』すら、あの時のあたしにはなかった。だから何も言えなかった。言いたくないと言う弱さもあったんだと思うんだ。


 「あたしの人生を語るよりも、りいの傷を癒したい……ただそれだけだ」


 そう誤魔化す自分が卑怯な生物のように醜くて、脆くて、泣きそうな自分を一生懸命隠す方法しか分からない。そうやって時は流れ10年の月日が経ちながら、違う関係性に変わっていく。プラスの意味ではいい関係性になれる、戻れる最後のチャンスだったかもしれないけれど、あたしは彼女の言葉にみみを貸す事もなく、夜の海にずっぽりはまっていく。


 あの男を選ばなければ彼女との友人としての関係は続いていたのかもしれない。




 久しぶりに海を見た。あたしが住む場所は海に囲まれた大陸だ。狭くもあり、自然に囲まれている環境は自由で、優雅でもあるが、寂しさが漂う。あの時、泣きながら、海に抱かれながら、共に時間を共有した友人としての二人はもういない。


 「久しぶりに遊びたいね」


 「今別の県にいるんだ」


 「タイミング悪いね……」


 全てはあたしの選択ミスなのかもしれないけれど、またいつか、君に会いにいくよ。


 その一言を伝えれないあたしはただの泣き虫で芋虫なんだ。

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