突然現れた新垣に集会所内が一気に騒がしくなる
だが勿論誰も新垣に攻撃しようとはしない
新垣タイガには手を出さない
今しがたそれが決まったばかりだからだ
しかし風馬や雷太のような幹部組はずんずんとオレに近付いてくる新垣に警戒の体制は崩さない
「弟さんにでも聞きましたか? オレのこと」
オレの目の前まで来た新垣は下からねぶるようにオレのことを眺める
「……ああ聞いてるよ、仲良くしてくれてるみたいだな」
オレはあくまで平常心を装って対応する
大丈夫だ、今のオレはオレであってボクじゃない
「ええ、全然趣向は違うんですけど、けっこう気が合うみたいでオレ達」
新垣は言いながら嬉しそうに自分の頬をかく
「それで、いったい全体今日は何をしにきたんだ? それから、せっかく町でいちゃもんつけられないようにしてやろうとしたのに何故自分で反対する」
「まー、単刀直入に言っちゃいますと……宣戦布告しに来たんだよ新道しん」
宣戦布告、新垣はそのところでにこにこと浮かべていた笑顔をすっと消してこちらに睨みをきかせる
新垣の言葉に否応にも周りの構成員達がざわざわとざわめきだす
「……宣戦布告?」
だがオレはあえて何も動揺してなどいないというように頬杖をついて聞き返す
こういう時は動揺したほうが負けると大抵相場が決まっている
「そ、ああ、弟さんは何の関係もないから気にしなくていい、それから、あんたの弟と仲良くしてるからってわざわざ特別扱いする必要もない、あらたはあらたでお前はお前だろ、よく似てるけど」
新垣の言葉にどくんと心臓が強く音をたてて鳴る
そう、ボクはボク、オレはオレ
それは分けなければいけないことだよく分かってる
そして、まだオレがボクであることがバレていないことに少し安堵したオレがどうしようもなく嫌だった
「……ほう、それで、宣戦布告したお前は何をする気なんだ?」
だがここで崩れるわけにはいかない
烈勢刃竜気李はオレが作り上げたチームで、オレを慕ってくれている相手がこんなにもいるのに関係のない私情を持ち込んでボロボロになっていくオレなんて見せることは出来ない
「潰すんだよ、この下らない集団を」
そう、言いはなった新垣は、いつもボクに楽しそうに話しかけてくれる新垣とは全く違って、心底、まるでそこら辺の掃き溜めでも見るような、汚物を見るような表情をしていて、そんな表情を向けられたくはなかったし、何よりも新垣にそんな表情をしては欲しくなかった、というのが事実だった
「は? 何言ってんだあいつ」
「こんなところであんなこと言うなんて殺されてぇのか?」
だが普段の新垣を知らない周りの構成員達の反応は勿論違う
方々から新垣に向かって殺すだの埋めるだの締めるだのという暴言が飛び交うが、それでも新垣は決して怯えた様子も見せないし、嫌な顔ひとつしないのだ
「……何故、潰す? オレ達は君と別に何もやりあってないだろう?」
オレはオレとしてしっかりと新垣に聞き返す
オレの知らないところで新垣は烈勢刃竜気李の誰かと揉めていたのか?
いや、それにしては今日たまたまメンバーと鉢合わせした時も普通に話していたはずだ
それとも、あのときはボクがいたからか
「まぁ、直接的にはそうかもね、でもオレは……暴走族って連中が大嫌いだから、だから潰す、例外なく、ひとつ残らず」
嫌い、というところに込められた憎悪は秤知れず、それでいて尚説明にはなっていない
「嫌いだから潰す、か……それでは全然説明になってないな、もう少し分かりやすいと助かるのだが」
オレがもう少し分かりやすい説明を求めれば新垣は顎に手をあてて唸りだす
それからしばらくしてまた話し出した
「……そうだな、例えば、時代が移ろうにつれて色んなものが消えていった、ギャルとか、黒電話とか、カセットテープとか、例えとして微妙か……? まぁ何でもいいけど、時代っていうのはそういうもんだよな、必要なくなれば消えていく、流行りが廃れば消えていく、それなのにただ騒音を撒き散らして人に迷惑ばっかりかけてるお前らみたいな奴はずっと蔓延って消えない、昔はまぁ、それなりに必要だったのかもなガス抜きとか、時代的に、だけど言ってしまえば今の時代に果たして暴走族なんて必要か? オレは必要ないと思ってる、逆に暴走族があることで世界が得られる利って何だ? 人は何の得をする? それをオレに説明してくれよ、もしそれでオレが納得出来たら宣戦布告を取り消してもいい」
「ってめぇ、あんま調子こいてると――」
新垣の持論に耐えられなくなった一人の構成員がくだを巻き始めるが
「やめなさい」
すぐに風馬が止めに入る
「風馬さん! ですが!」
「やめなさいと言ったんです、聞こえませんでしたか? 今は、総長が話してますよ」
それでも止まらない構成員に今度はきつめの口調でもう一度風馬が釘を刺す
「っ……す、すいませんでした……」
風馬自体それなりに腹が立っているところがあるのかいつもより数度気温の低いその声色に構成員はすごすごと乗り出していた身を引く
「ほら、そういうの、もう古いんだって……いらないんだよ――」
「得の話をすればいいのか」
そのやり取りを見ていて何故か真っ先に切れそうになっている新垣にオレのほうから声をかけて止める
これ以上大事にすればそれこそこの場で1体多数という最悪の暴動が起きかねないからだ
「……んー、まぁそうだな」
オレの言葉に新垣は少し考えた後に頷く
だからこそオレは
「人は……皆心に何か抱えている、それは一人で抱えるには重いものだ、だからこそ皆で持ちよりわけあって……いや、こんな上部の話は止めようか、ただオレがこのチームを作ったときの気概でも話すことにしよう、ただ、一瞬しかない自分自身の青春の1ページを、仲間と一緒に騒いで遊び回ったっていう楽しい記憶で埋めたかったから、それだけだ」
適当な弁舌をすることを止めて、このチームを作ったときに考えていたことだけを話すことにした
それはもちろん独りよがりの子供的な内容で、世界のためだとか人のためだとかになるような要因は一切ない
ただ自分が楽しく青春を過ごすためだけに、オレはこの烈勢刃竜気李というチームを作ったのだから
まあ、その頃からいる風馬や雷太はオレのそういう感情も汲んでくれているとは思うが今ではオレが考えいた時よりも大分大きくなってしまったこのチーム
オレのその考えを知らない世代も少なからずこの場にいることだろう
「それはまた、ずいぶんと短絡的というか、何も考えていないというか……」
まさかオレがそんな暴露をするとまでは思っていなかったのであろう新垣はさすがに困惑した様子を見せる
「君に適当な弁舌を繰り広げても通じない、ということはよく分かるからね、まぁ人間楽しそうだと思ったら、それほど考える間も無く行動するだろう、そういうものだ」
普段話している感じからしてもこいつはバカじゃない
そんな適当な話をしてもそれこそ何の意味も持たないだろう
そして人間の行動原理にはいつだってカッとなってつい、なんて言葉がついて回ることが多い
それぐらいにその瞬間瞬間の気持ちというのは大切なものなのだ
「ははっ、そんなによく弟さんはオレのこと話しますか? それで周りに迷惑がかかるとしても? 自分の履歴に消せない爪痕が残るとしても?」
新垣は軽く吹き出してボクのことを少し匂わせたけどすぐにまた持ち直して聞き返してくる
「それでもそれが出来てしまうのがまた若さだよ、わからないか? 弟と同学年ってことはオレとも同い年だろ?」
そう、若さというのはまれに自分でも思ってもみないことが出来てしまうときがある、そういうものだ
だが残念なことにオレの渾身のそれは新垣には伝わらなかったようで
いや、それか理解はしたが理解したくなかったのか
「やっぱりわからないね、わかりたくもない……残念だけど、君じゃあオレは納得させることはできないようだ、だから、このチームは絶対に潰す……解散させて見せる」
新垣は自分に言い聞かせるように強く、そう言いはなった
「こっの……クソガキが……総長! ヤる許可を!」
そんな新垣の強い意思にまた血気盛んな構成員の一人が声をあげ、それに続こうとするものもいる
それでもオレは
「……いや、ここでの揉め事は許さない、新垣タイガ、君の宣戦布告はしかと受け取った、だから今日はもう帰れ、今この場で争う気は少なくともオレにはないのでな」
目線と言葉でそいつらを制してから、新垣に帰ることを促す
「……もしかしてびびってんの?」
そんなわけがない、それは新垣だって分かっていて言っていることだろう
オレがあまりにも動じないからなのか新垣は少しずつ動揺を隠しきれなくなってきていた
まぁ、そもそもオレは動じていないのではなくただ動じていないふりをしているだけなのだが
どんな思いでオレが一年と少しの間ボクを演じてきたと思っているのだ
それくらいの感情の制御が出来なければとうにボクがいないことなんて周りにバレているだろう
「考えているんだよ、どう、対処することが一番なのか、それだけだ」
そしてまたオレは隠すことなく今考えている事実を告げる
「……あらたは何も関係ないぞ、これはオレとお前達の話なんだから」
それを新垣は勝手に悪いほうに解釈したようであらたの名前を出してまで睨みをきかせてくる
「ああ、それも分かっている、だから、お前を弟のダチという立場からではなく一つのグループの長としての立場から考えなければいけないと理解はしている、だがそれをいきなり行動に移せるほどオレは大人じゃないものでね、だから一度帰ってほしいんだよ」
だからこそまた隠すことなく全てを伝える
とりあえずもうなんでもいいから一旦帰って欲しかった、というのがつまるところ事実だった
ボクの感情に引っ張られそうにはなるし構成員達はすでに頭に血が登っているやつらもたくさんいるわでとりあえず一度落ち着かせて欲しい
「……っ、分かった、今日のところは帰るけど、町で見かけたら好きなときにいつでもちょっかい出して来てどーぞ、闇討ちだろうと何だろうと受けて立つからよ」
少し頭が痛くなってきて眉間にシワを寄せたまま新垣のほうに視線を向ければ一瞬カチッと視線がかち合って、新垣は何故かそれにひどく動揺した様子を見せると一歩後ろに下がって早口にそれだけ捲し立てるとオレから顔を背けるように背中をむけた
「悪いが闇討ちとかそういう時代錯誤なものはもうこのチームでは止めたところなんだ」
「……あっそ」
後ろから投げ掛けたその言葉にも新垣は素っ気なくたった一言だけ返すとそのまま振り返ることなく帰っていった
「で、どうするんです、しん」
新垣がいなくなって静まり返る集会所で一番に声をあげたのは風馬だった
「……この件に関しては一旦オレが一任する」
だからオレは一旦全てオレに任せて欲しいと申し出る
「そ、総長!?」
勿論構成員のなかから焦ったようにオレを呼ぶ声なんかも響いたが
「オレが、ちゃんとけりをつけるから、お前達は気にすんな、町で見かけても喧嘩売るなよ……まぁ、売られた喧嘩を買うぐらいは、構わない」
何とか納めるためにオレはそう言って笑って見せる
さすがに売られた喧嘩を買うな何て言えばそれこそ暴動でも起きかねないからそこは致し方ないとしよう
「まぁ、とりあえず興が削がれたな、今日の集会は終わりにしよう」
そしてオレは立ち上がるとパンッと手を叩いてその日の集会を無理やり打ち切った
「なんっで、こんなことになるかなー」
オレはバイクで家まで送って貰い、家のなかへ入ってドアを締めると早々に床に踞って誰に言うでもなくぼやく
「やっぱり、最初から拒絶していれば……いや、無理な話だ」
最初からボクの時に知人なんて作らなければ良かったと、いや、もっと根本から考えればボクを生かすべきでもなかったのだろう
だがそれも全て自分で新垣に言ったこと
その時の気持ちで人間は何だって出来るのだ、と
だからオレはボクを生かせてしまったし、ボクは新垣と仲良くなってしまった
それを今さらしなければよかったなんて否定してももう遅い
オレとボクがこれからどうするのか、どうするべきなのか、それがこれからにおいてただただ重要なことだった