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第7話烈勢刃竜気李の総長


 ボクは家にたどり着くと鍵を開けて家の中に入る

 それから自分の部屋に戻ってベットの端のほうにウサギのぬいぐるみを置いた

「……はぁ」

 せっかくもらったそれも見ていればどうしても新垣を思い出してしまうから見ないようにとすぐに自分の部屋を出てリビングへと階段を下りる

 それからリビングに置いてある仏壇に手を合わせる

「母さん、父さん、それから……あらた、ただいま」

 それから遺影を見ながら順々に名前を呼んで挨拶をしていく

 だがそこに弟の遺影だけはない

 約一年と少し前、あれは、大雪の降ったある日のことだった

 ボクたち家族四人を乗せた車は山道を走っている時に雪でスリップした車にぶつかられてそのままガードレールを突き破って谷底へと落下した

 その時の衝撃で外へ放り出されたボクだけが車の火災に巻き込まれることなく難を逃れて生き延びた

「あ、兄さんによろしく伝えといてって、烈勢刃竜気李の人が言ってたよ」

 ボクはさっき会った人の伝言を自分の手を見つめながら伝える

 そんな光景はまさに異様と言っていいだろう

 本当に、このままでいいのだろうか

 ボクはいつだってそれを考える

 でも今さら、ボクがどうすればいいと言うのだ?

 そんな考えても結論の出ないことをこんこんと考えていれば家の外からクラクションの音が鳴る

「ああ、そうか……今日は、集会の日だ」

 ボクはそれを合図に仏壇の前から立ち上がるとメガネを外して、髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜる

 それから赤いパーカーを羽織ればほら、ボクからオレに成り代わる

 いや、戻ったと言ったほうが正しいかもしれない

 両親の遺体は酷い損傷こそあれど見つかった

 だがあらたの遺体は見つからなかった

 だからボクがその時に言ったのだ、あらたはあの車には乗っていなかったと

 そして、オレがボクとして現れたことでボク……あらたは生きた

 生きていることになった

 オレはどうしてもボクの消失が赦せなかったのだ

 信じたくなかったのだ

 双子だったボクたちは凄い仲がよかったのかと言われれば別にそこまでではないと返すぐらい

 よくある程度の距離感の兄弟だった

 たまにゲームをしたり、たまに喧嘩したり

 その程度の兄弟だった

 それでも、父と母を同時に失ったオレからボクまで消えてしまえばオレは本当の意味で独りになってしまう

 それだけは耐え難かった

 だから必要になったらオレがボクに成り、この町のなかであらたは死んでいないことになっている

 元々はオレでいることのほうが多かったがオレは不良だからそれこそしばらくいなくてもそれ程問題にならないがボクはそうはいかない

 あらたはオレと違って真面目で、本を読むことが好きな少し地味なだけの普通の青年だったから

 だからどんどんオレはボクに成って、オレは高校を退学したことにして普段はボクとして生きるようになっていった

 オレはパーカーをパンパンと払ってから家のドアを開ける

「お疲れ様です! 総長! お迎えにあがりました!」

 家の前には3台のバイクが停まっておりその一番前のバイクの男が挨拶してくる

「ああ、いつも悪いな」

 オレはお礼を伝えながらバイクの後ろにまたがる

「いえいえ! 総長のためなら自分命だって張れます……痛!」

「バカなこと言ってんじゃねーよ、てめぇの命くらいちゃんと大切にしろ」

 オレはそんなバカなことを言う男、雷太のふくらはぎを後ろから蹴飛ばして静かに切れる

 簡単に、命なんて張られても困るからだ

「す、すみません……!」

「ほら、行かないと遅れるぞー」

「は、はい! 今すぐに!」

 謝る雷太をせかしてオレは早々にバイクを発進させた


「さてと、全員揃ってるかー」

 バイクでたどり着いた先にはすでにたくさんのバイクが並んでおり、人相の悪い男達が列をなして立っていた

 オレはその真ん中を進んでいくと一番前に立って全員に聞こえるように叫ぶ

 オレの言葉に呼応するようにうおぉぉー!! と大きな怒号が響き渡る

「よし、じゃあ烈勢刃竜気李の集会始めるぞー」

 それをしっかり確認してからオレは段差に座って烈勢刃竜気李の集会を始めた

 そう、これが、週に二回か三回あるオレが作ったオレにとっての面倒事なのだ

 そして、新垣の言葉をそのまま受けとることが出来なかった、理由だ


 それから集会は着々と特に滞りなく進んでいく

 どこのあいつが調子に乗ってるとか、どことどこが喧嘩してたとか、今時ドラマですら見ないような古くさいやり取りをオレがどういう心持ちで聞いているのかなんてきっとこいつらは考えたこともないだろう

 何故ならこの烈勢刃竜気李というグループを作り上げ、ここまで調子づかせ、こんな古くさいことを始めたのがオレ自身であるからだ

(お前が暴走族ってわけでもあるまいし)

 集会の内容が入ってこないかわりに新垣のあの

 言葉が頭のなかで再生される

 確かにボクは暴走族じゃない

 でもオレは暴走族だ

 果たしてそれはどっちに捉えらたいいのか

 暴走族じゃないと言っていいのか、暴走族だと言うべきなのか、言ったら新垣は離れていってしまうのか

「……」

 それを考えた瞬間自分のなかで何かが音をたてて弾けたような感覚に陥った

 両親を亡くして臆病になったオレは誰とも深く関わることをしなくなった

 ボクとして学校にいるときも、オレとして家や集会にいるときも、誰とも深く繋がろうとしなかった

 それなのに、オレは今、新垣が離れていったら少し悲しいと、そう考えてしまったのか

 その事実がどうしようもなく自分を混乱させた

 あり得ない、あってはいけないことだ

 そんなことがあっては、オレはまた大切な人なんて作りたくないのに

 大切な人がいればいるほどそれを失ったときの喪失感は大きくなる、だからあれほどまで娯楽に無頓着でいたはずなのに

「新垣タイガに関してはどうしますか?」

「あら、がき……」

 突然リアル世界で呼ばれた新垣の名前にオレはバッと視線をあげる

「はい! 最近東京から引っ越してきたとかいう例のガキですよ! オレ達の島散々我が物顔で歩き回ってるって話です」

「一回絞めといたほうが……」

「てめぇ今何て言った?」

 締めるその言葉が出た瞬間自分でも思ってもいなかったような冷たい声が漏れた

「え、あ、総長……?」

 締めると言ったその構成員のほうにゆっくりと視線を向ければ蛇に睨まれた蛙のように地面に尻餅をつく

「いいか、この際だからちょうどいい、言っとくが、新垣タイガには手ぇ出すんじゃねえぞ」

 そしてオレはすぐに全員に向かってそう伝える

「な、何でですか総長!」

「あいつは……オレの弟のダチだ、見たこともあるが別にあいつはここどうこうしようって達でもねぇ、頬って置いても問題ないだろ、だから手は出すな」

 焦った様子で理由を知りたがる構成員達に説明をする

 嘘は言っていない

 実際はまだ友だちとかそういうものではないだろうが実際のところ見た目ヤンキー、中身は文学系女子のあいつを放っておいたからって何か起こるとはそれこそ思えない

「で、ですがシンさん――っ……ぅ゛」

「はい、総長の言葉は絶対です、異論反論はダメですよー」

 それでも反論をしようとした一人の構成員に一人の細身の男が腹に一発膝蹴りを叩き込む

「風馬……」

 オレはにこにこしながらそう言ってのける男、風馬の名前を呼んで窘める

 風馬はこの烈勢刃竜気李の特攻隊長だ

「あれ、躾の行き届いていない相手でもダメです? 最近は暴力じゃなくて対話でって思考でしたねー、これは失敬、起きれます?」

 風馬はその笑顔を崩すことなく自分一人で勝手に合点を決めてうずくまる男に手を貸そうとするが

「は、はい! すいませんでしたぁ!」

「あら、逃げちゃいました」

 男は手を借りずに起き上がると凄い勢いで構成員の列の中へ消えていった

「はぁ……誰だってあんなことされりゃぁ逃げるだろ」

 何の忠告もなくいきなり腹に重いの一発お見舞いされて相手がにこにこしてれば恐らく誰でも逃げる

「別に怖がらせたいわけではないんですがねぇ、雷太?」

 そして風馬はもう一人の幹部の名前を呼ぶ

「ああ、新垣タイガには手を出さない、これは総長ご自身が決めたことだ、反論あるやついるかぁ! よし、いなければ次の題材に――」

「はーい」

 風馬の凶行を見たあとに構成員のなかから反論をしようとするものが現れるわけもなく話はそのまま次の題材に移ろうとしたとき、よく聞き覚えのあるその声が集会場である倉庫の中に響いた

「おま、えは……」

 声のしたほうを見れば立っていたのは先ほどちょうど話題になっていた新垣タイガその人だった

「異論反論バリバリありまーす」

 そして手を上げたまま新垣はずかずかと倉庫のなかへ入ってくる

「新垣……何でここに……」

「あれ、オレのこと、知ってるんすね」

 つい新垣の名前を読んでしまったオレにたいして新垣は、そんな風に親しそうにいいながらも、真剣な表情でただこちらに睨みを聞かせるだけだった

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