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第6話シンさんの弟

「レトロって言ってもゲーセン自体はそんなに都会と変わりねーな」

 ゲーセンに着くと中の様子を一通り見て回って、意外だったというように新垣がしげしげとそう言う

「そうなのか?」

 ボクは都会のゲーセンを知らないから比べる基準も分からない

「ああ、クレーンゲームに入ってる景品とかも全然新しい」

 新垣は言いながら手近にあったクレーンゲームの中を指差す

「へぇ」

 その中には見たこともないキャラのフィギュアが設置されていた

 アニメも見ないからこういうものは見ても本当に何なのか分からない

「なんだ、あらたお前ゲーセンにもそんなに来ないのか?」

「……来るように見えるか?」

 逆に黒髪メガネで毎日本を構えているようなやつがよくゲーセンに来るように新垣には見えるのだろうか

「んー、あんまり見えないかもしれない、いや、でもそういうやつに限って実は通い込んでて格ゲーめっちゃ上手かったりするんだよなぁ……なぁ、そこのスモツー対戦しようぜー」

「別に、本当に上手くないからあんまり期待するなよ……」

 新垣は言うが早いか筐体のほうへ歩き出す

 スモツー……格闘ゲームなんてあいつがいた頃にたまに一緒に対戦することがあったくらいで独りになってからはそもそもプレイすることすらなかった

「いやいや、謙遜すんなって……って、あ、悪い」

 こちらを見ながら後ろに下がった新垣は人にぶつかってすぐに謝る

「いや、こっちも前見てなくて悪かったな」

 謝られた相手もすぐに謝罪を返して事なきを得るがその人物が着ていた服に嫌な予感がする

「……げ」

 その男の顔を見てボクはつい呟いてしまって慌てて口許を抑える

 幸運なことに声こそ聞かれなかったようだがこちらの存在には気付いて慌てて近付いてくる

「……あ! シンさんの弟さんじゃないですか! お久しぶりです!」

「あ、は、はい……久しぶり、です」

 目の前でにこにこと笑う赤いパーカーを着た男

 烈勢刃竜気李に所属する暴走族は笑顔でボクに頭を下げる

「え、あらた知り合い?」

 そんなボクたちのやり取りを見て新垣が驚いた様子で男の連れと一緒にこちらへ近付いてくる

「え、あ、まぁ、うん、一応……」

 言いながらボクは何とか視線を反らす

 タイミングが悪すぎた

 まさかこのタイミングで烈勢刃竜気李の誰かに出会うとは思わなかった

 いや、ゲーセンに来た時点でその可能性はあったのか

 輩というのはよくゲーセンを溜まり場にするものだ、そこまで考えて行動すればよかったのに、そんなことすら考えなかったのはきっと、自分が今、新垣と一緒に出掛けているというこの事実を普通に楽しんでしまっていたからだろう

 そしてまた自分も輩だから安直に遊ぶイコールゲーセンという計算式が出てしまった、ということだ

「知り合いなんてそんな堅苦しい言い方しないでくださいよ! お前、この人はな、ここら辺の不良取りまとめて烈勢刃竜気李を作り上げた初代総長の新道シンさんの双子の弟さんだぞ!」

 止めてほしいのに男はわざわざ全てを丁寧に説明してくれる

 わざわざ、丁寧に

「へぇ、そうなんだなー、お前兄弟いたのか!」

「……うん、双子の兄が一人だけね」

 だが新垣は特に気にした様子もなくそう聞いてくるからボクも何とか調子を崩さずに返事を返すことが出来る

「それじゃあオレ達もう行きますけど、シンさんにもし会ったら今日はよろしくお願いしますとお伝えしといてください!」

 男達はそれだけ言うと頭を下げてそのままゲーセンを出ていった

「……」

 男達が出ていってからもボクは口を開けないでいた

「よし、それじゃあオレたちはこれやろうぜー」

 だがそんなボクを無視して新垣は早々にスモツーの前の椅子に座る

「……何も、言わないんだな」

 ボクもそう、聞きながら隣の筐体の前の椅子に座る

「逆に何を言ってほしいんだよ、オレが暴走族嫌いって言ったのになんで黙ってたんだ、とか、どういう心算でオレに烈勢刃竜気李に入る気があるのかって聞いたのかとか、そういうことか?」

「っ……ああ、そうだよ、気になるだろ普通」

 新垣はボクが言ってほしいことを全て言い当てて見せる

 だからこそ、そう促したのに

「そうだな……普通に、気にならねぇ」

 新垣はふはっと軽く空気を吐き出して笑顔でそう言ってのけた

「な、何でだよ……!」

 ボクは驚いて新垣のほうを向く

 そうすれば新垣もこっちを向いて

「だって暴走族やってるのも烈勢刃竜気李の総長やってるのもお前のお兄ちゃんで、お前じゃねえじゃねえか、そんなことを何でオレが気にしないといけないんだ? お前が暴走族ってわけでもあるまいし」

「っ……」

 一番痛いところを思い切り、突き刺した

 本当だったらその言葉に心を打たれたとでも表現したほうがいい状況なのだろう

 だがそれは普通の状況だった時の話だ

 さっき充分喫茶店で散々確認しておきながら

 実際に言われるとそれなりに痛いものだ

 じゃあボクがもしオレで、そのオレは烈勢刃竜気李の構成員だ、なんて言ったらお前はどうするんだ?

 その時は真っ正面から受け止めて、真っ正面から否定するのか?

 なんて、聞けるわけもないけれど

「ま、お前のお兄ちゃんとは気が会わないかもしれないけど、それはお前とは何も関係ないことだろ」

「そ、うか……」

 そしてそんなことに気付く様子もなく新垣は筐体に向かい直してコインを入れて

「そんなことよりほら、早くやろうぜー」

「あ、ああ」

 そうやって促すから、ボクも慌てて一つの筐体に座っていた椅子を引っ張って近寄った


「いやぁ、久しぶりに出ちまったな、ゴットハンドが」

 結果身の入らない格ゲーは新垣の圧勝で終わり、一緒にもう一度クレーンゲームのコーナーに戻ると新垣は手近にあった適当なぬいぐるみのクレーンゲームにコインを入れてそのまたたったの四手で取ってしまった

 そしてオレはいらないからとその無駄にでかいウサギのぬいぐるみをボクに押し付けた

「新垣、クレーンゲーム上手かったんだな」

 ボクはもらったウサギを抱きかかえて少し感心してそう呟く

 きっとこれは新垣なりにボクに気を使ってくれて気分転換になればと取ってくれたのだろう

 流石にそれくらいのことはボクでもわかる

「そりゃ引っ越してくる前は散々クレーンゲーム荒らしてたからな!」

「お前にヤンキー要素がちゃんと残ってて良かったわ」

 新垣の言葉に今日一番の安堵を感じてそれをそのまま言葉にする

 このままでは見た目だけヤンキーの皮を被った大人しい文学系甘いもの好き女子に新垣がなってしまうところだった

「上げといて落とすなお前、あ! なぁあらた!」

「何?」

 そのままゲーセンの出口を目指していればふと、一つの機械の前で新垣が脚を止めてボクを呼び止める

「これ、撮ってかねー?」

 新垣がそう言って指をさしたのは今時な女子の顔が全面に印刷されたはではでしい垂れ幕の機械だった

「これは、プリクラ……? やっぱり乙女かお前は」

 ああ、やっと安心したのにまた新垣の中の女子がひょっこりと顔を出す

 ゲーセンに来たからプリクラ取らない? は女子なんだよ

 それぐらいボクでも分かる

「別にそういうわけじゃねぇよ! 実はオレプリクラ撮ったことなくて……機会があれば撮ってみたかったんだよなぁ」

「はぁ、いいよ、別に減るもんでもないし」

 新垣があまりにキラキラした瞳でプリクラの機械を見ているから、ボクは早々に諦めてプリクラの機械の垂れ幕を捲る

「まじ? やったー! んじゃ撮ろう」

 簡単に折れたボクに新垣は喜びながらついてきて、一緒に筐体の中へ入るのだった


「おま、本当に落書きのセンスゼロだな」

 男二人で試行錯誤の末に撮られたプリクラの写真を新垣はスマホで見て笑う

 印刷された分の写真はボクの手元に収まっている

 どうやら最近のプリクラはスマホにデータを送ることが出来るらしく新垣はスマホにデータを写し、残った写真はそのままくれるのかと思えばせっかくだからと四種類載っているそれを一枚ずつ切り取って持っていった

「う、うるさい、笑うなよ……! 新垣だって似たようなもんだろ」

 ボクは手元の写真を確認する

 確かにボクの落書きも全くセンスはないが新垣だってさして変わらないではないか

「いや、オレは初めてだったから仕方ない」

「……それを言うならボクだって初めてだったんだけど」

 ボク自体は別にプリクラを撮ってみたいと思ったこともなかったから当たり前のように初めてだったわけで、その点ではとんとんだろう

「あ、そうだったんだな、それならお互い初めてで仕方ないな! まぁまた今度撮った時はもっと上手く出来るかな」

 新垣は言いながらスマホをポケットにしまう

「ああ、そうだな……」

 ボクも何とか返事を返すがすでに新垣のなかで次にまたボクとプリクラを撮る、ということがあり得ると普通に考えられている、といことに少しのむず痒さを感じる

「にしてもそろそろ良い時間だし、解散かなー」

 ゲーセンの外に出るとそれなりに日が落ちてきており新垣が残念そうにそう言う

「……殆ど町の案内は出来なかったな」

 結果としては1ヵ所1ヵ所で時間を使いすぎて殆ど町を紹介することなんて出来なかった

「でも放課後時間潰す場所はたくさん知れたし良かったよ、それに、また案内してくれるよな」

 だが新垣は特に気にした様子もなくそう言って、また誘ってくるから

「……まぁ、別にいいけど」

 さっきの烈勢刃竜気李のことが頭の片隅を掠めながらもボクもそう返事を返した

「よかった、それじゃあまた学校でな!」

 そして新垣はそのまま帰っていった

「ああ……ごめん、新垣」

 ボクはそんな新垣の背中に謝ったけれど、きっとそれは聞こえていないし、聞こえないでいてくれたら良かったとさえ、思うんだ

 それなら、そもそも、言わなければいいのに

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