それから何度か休み時間を屋上で過ごしていると新垣が現れてなんてことのない会話をする、なんていう機会が増えていた
人と話すこと自体があまり好きではないボクだが新垣はそんなに言葉の多いほうではなかったので苦になる程でもなかった
最初のほうこそ錯綜していた新垣のうわさ話もすぐに別のうわさ話に飲み込まれてそれ程まで話題に上がることもなくなっていた
だからといって新垣がびびられなくなったわけでは勿論ないのだが
だから居心地が悪いからなのか知らないが昼休みになった瞬間に新垣はボクよりも早く教室を出ていく
だが今回は少しわけが違った
どうも財布を忘れたようで一度出ていった新垣が教室へと戻ってきていたのだ
といってもボク達は屋上でこそ会話をすれど教室で言葉を交わしたことはほとんどなかったわけだが
「おい、そこ邪魔なんだって」
「……」
ボクはいつも通り声をかけられてそちらを向く
「早く退いてくんない?」
「……どうぞ」
イライラした様子のクラスメイトにボクは立ち上がって席を譲る
「毎回毎回言われる前に退いてろよ空気読めないな」
「……」
そうすれば文句を垂れながらボクの机を動かし始める
空気が読めない、というか四時限目が国語だとどうしても眠くなるというか、うつらうつらしてしまって速攻で動き出せないだけなのだがまぁ、いいだろう
ボクはいつも通りそのまま教室を後にしようとするがそうは行かなかった
「おい」
自分の机から財布を取り出していた新垣が教室中に響くドスの聞いた声を発したからだ
「あ、新垣……な、何だよ」
振り替えれば新垣がそのクラスメイト……ボクの目の前の席の女子と付き合っている飯田直に眉間にシワを寄せて詰め寄っているところだった
「邪魔って何だよ」
「……え」
新垣の言葉に飯田は弱々しい声をあげる
「そこ、あら……新道の席だろ、使いたいならちゃんと許可取って譲って貰うのが筋ってもんじゃねえのか?」
新垣は言いながら飯田の襟首をつかみあげる
身長差のせいでつま先立ちになっている飯田が微妙に可哀想に見えてくる構図だ
ボクは慌てて教室を出るのを辞めて自分の席のほうに戻る
「そ、それは……お、お前には関係ないだろ!」
飯田は怯みながらも新垣の手を振り払って怒鳴る
一応不良を名乗っている飯田としてはカッコつけたいところなのだろう
これで折れては自分の面子が立たなくなるから
「……これは新道のことでオレには関係ないかもしんねーけど、目の前で起きてることに口出す権利は誰にだってあるよな? あ゛あ?」
「ひっ……」
しかし目の前でそう啖呵を切られた飯田は情けない声を漏らしてうしろに後ずさる
「新垣……くん……!」
ボクは慌てて新垣の腕を掴んで引っ張る
その頃にはすでに2人は教室中の注目の的となっていた
「新道は引っ込んでろ、オレはこういうの気に入らねぇんだよ」
「……はぁ」
新垣は掴んでいるボクの腕を振り払うと眉間にシワを寄せてそう憤るから、ボクはボクで小さくため息を吐くぐらいのことしか出来ない
ボクがなぜわざわざ新垣を止めているのか、こっちの気持ちもくんでほしい
まぁ転校生だからその理由を知らないのは仕方ないが
「で、何か弁論あるなら言ってみろよ聞いてやるから」
「……」
詰め寄る新垣に勿論飯田は反論なんて出来るわけもなく黙り込んでしまう
「は、早く謝ったほうがいいって……」
「だ、だけど……」
そんな飯田を彼女が急かす
それでも踏ん切りがつかずにキョロキョロと飯田はボクと新垣の間で視線を行き来させる
「……」
それから一度ボクのほうをじっくり見て、新垣のほうに向き直ると飯田は
「ご、ごめん……」
不服そうに一言謝る
「オレに謝ってどーするわけ?」
だが新垣はそれで止まることはなくおそらく今飯田が謝るべき相手、ボクのほうへ視線だけ向ける
「っ……新道、お前の席なのに文句言って悪かったよ」
それから飯田は一度強く歯を食いしばり、ボクのほうを見て謝ると頭を下げた
「……ボクは、構わないけど」
元々ボクは気にしていなかったしこのいざこざを納めるためにもすぐにボクはそう返す
「こ、これでいいのか?」
「ああそうだな、次からはちゃんと、命令するんじゃなくて一言断り入れてから机使わせて貰えよ」
それを見届けた新垣は満足そうに頷くと自分の財布を持って教室を出ていった
「な、なんだったんだよあいつ……」
「ヤンキー怖ー」
「急にキレて意味わかんねーな……」
「いや、でも言ってたことは正しくないか――」
「おいバカ!」
新垣が教室を出たことで喧騒を取り戻した教室は一気にざわめく
そしてその中の一つの言葉にたいして一人が慌てて頭を叩いて止める
「あ、しまっ……」
失言してしまった男子生徒は慌てて飯田のほうを見るが飯田は椅子に座ってぶるぶると怒りに震えていて気付いていなかったのは彼にとって幸いだったろう
「……ただのヤンキーの癖に調子乗りやがって……」
「直くん、気にすることないよー」
「いや、あいつ、オレに恥かかせたこと必ず後悔させてやる……」
「……」
彼女に慰められても怒りを抑えられずにぶつぶつと文句を言う飯田にやはり面倒なことになった、と思いながらもボクも新垣に続いて教室を後にした
「ねぇ、あれ、相手が誰か分かってて喧嘩売った?」
珍しくボクよりも先に屋上に来ていた新垣に一応ボクは確認する
「喧嘩? そもそもオレ喧嘩なんて売ってないけど」
だが新垣は食べていたパンを持ってきょとんとした様子でこちらを見やるから
「え、あれで喧嘩売った自覚ないんだ……ほら、ボクの机のこと」
自覚がない余計面倒なタイプなのだと悟ってさっきのことを説明して見せる
そうすれば流石にボクが何のことを言っているのか察しがついたようで頷く
「ん、ああ、あれか、あれは……喧嘩売ったんじゃない、あっちが道理に反したことしてたからそれを伝えただけだ、ちゃんと一言声をかけて机借りればそれだけで誰も嫌な気持ちなんてせずに済むだろ?」
新垣がそう言って笑うから、つくづくこの男は不器用なのだろうと痛感する
最初からそう声をかけていればいいものの
まぁ相手も悪かったからどっちみち喧嘩みたいになったかもしれないがうまく行けばこんなに拗れることもなかったのにと少しだけ辟易とする
「そういう……感じなんだ、新垣、君絶対損するタイプだろ」
さらに言えばそれは元来自身が被る必要のないことで、ボク自身がどうにかするべきことをただ怠っていた結果なのにそれに飛び付いていってしまうとは、この人間関係の複雑な現代において損しかしないタイプだ
しかもきっとあれたまに話す程度の仲のボクが対象じゃなくてもやっていたことが問題だ
「よく言われる……って、んなことよりさあらた」
「なに?」
ボクの指摘を笑って流すとパンの最後の一口を飲み込んでからちょっと距離を置いたところの鉄柵にもたれて座るボクに声をかけてくる
「明日の土曜日一緒に遊び行かね? オレまだ土地勘ないから案内してほしくて」
「え、ボクに?」
あんなに人がいるなかからボクを選んだことについ驚いて聞き返してしまう
「うん、お前に」
だが速攻で返事が返ってくるあたり本気なのだろう
まぁ、確かに現状で考えれば新垣にとってクラス内で一番何のしがらみもなくこうして話したりするのはボクなのかもしれない
「……ボクは構わないけど、ここ結構田舎だからそんなに目新しいもんないと思うぞ」
決して都会ではないこんな場所を都会から来たらしい新垣が見て回っても別に楽しいものでもないだろうとそう伝えてみるが
「んなもん見て回ってからじゃないと分からないだろ」
新垣は簡単にそう言ってのける
きっと根本的に新垣とボクでは考え方が違うのだろう
「……わかった、それなら予定決めよう」
別にボクも忙しいわけでもないから断る理由もなくてすぐに了承する
「ルイン教えてくれよ、そうしたらまた連絡するから」
「あー、悪いけどボク、スマホ持ってないんだよ」
そう言いながら新垣がポケットからスマホをとりだすから申し訳ないと思いながらボクは謝る
「え、マジか……」
流石にこの令和のご時世スマホをもっていない高校生という存在には流石の新垣もそれなりに驚いたようだった
ボクは天涯孤独となったあの日から、スマホは持たないと決めたのだ
「そ、だから約束するなら場所と時間決めとかないと合流すら出来ないぞ」
だからこそまぁ、新垣に限ってそんなことしてこないだろうとそんなに長い付き合いでもないのに分かりながら、理由を追求される前に次の話題へ持っていく
「んー、じゃあ朝10時に駅前で!」
急かされた新垣は慌てて時間と場所を指定する
「了解、遅刻しないようにするけど、もしかしたら少し遅れるかもな」
そしてボクは時間を数えながらそう答える
「遅刻宣言するやつ初めて会ったわオレ……」
「……」
かなり驚いた様子でボクのほうを見る新垣に、誰のせいだと思ってんだと死ぬほど言ってやりたかったがまぁ、そもそもボクのいざこざに首を突っ込ませてしまったボクにも非がある
だからそれ以上何か言うことは辞めることにした