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第2話 金髪の彼

 その日もいつものルーティーン、いつも通りに全てが進むはずだった

「ほらー、席につけー、今日は転校生を紹介する」

 いつも通りに自分の席で本を開いていると入ってきた担任がそう告げる

 その一言で周りは一気に賑やかになる

 男かな女かなとか、かっこいいかな可愛いかなとか、そんなものどうでもいいような気がすることばかり

 まぁそれなりに田舎なこの土地からすれば外の世界からの転校生自体が珍しく、自然と皆テンションが上がっているのだろうが

「それじゃあ入れ」

「……」

 担任に促されて転校生が入ってきた瞬間にさんざん騒いでいたクラスが水を打ったように静かになる

「挨拶しろー」

「新垣タイガ、よろしく」

 そして促されると転校生……新垣タイガは気だるそうにそれだけぼそりと呟いた

「ご両親の都合で転校してくることになったそうだ、席はそうだなー、新道の後ろ空いてるからそこ座れ」

「……」

 名前だけの自己紹介に流石に焦ったのか担任が内容を捕捉してから席を指名する

 そこはタイミング悪くボクの後ろの席だった

 静かな教室のなか新垣タイガは何も気にする様子も見せずに教室の中を横断して、ボクの後ろの席に座る

「……よろしく」

 ボクは一応新垣に挨拶する

 流石に転校生が後ろの席になったのに何も言わずにスルーも出来ない

「ん、ああ」

 だがそんな僕の挨拶にも新垣は心ここにあらず、といった感じの反応だった


「おい、なんかあいつ怖くね?」

「不良だよ絶対!」

「両親の都合とか言ってたけどむこうでなんか揉め事起こしたって聞いたけど」

「噂だと烈勢刃竜気李(レッドヴァルキリー)と関係あるとか……」

「こっわ、うわーオレ席近いじゃん最悪」

 新垣が引っ越してきてから早3日目の昼休み早々に休み時間になった瞬間に教室を新垣が出ていったことを合図に教室は早々に悪い噂で持ちきりだった

 むこうで揉め事起こした、とか、烈勢刃竜気李……ここら辺を仕切ってる暴走族と関係がある、とか、そういうどこから出てきたのかも分からないようなくだらない噂ばかり

 理由は簡単、単純明快

 新垣タイガというその人物の見目と行動があまりにも不良だったからだ

 ワックスで遊んだ金髪に耳にたくさんついたピアス、早々に着崩した制服にダルそうな歩き方や話しかけられても基本的に面倒くさそうにああとかおおとかそういうことしか返さないし何よりも目付きが悪い

 そんな人物がこんな田舎に引っ越してきたわけだからそれはクラス中が沸いていた

「……」

 ボクはそんな話を聞くのもくだらなくなっていつものように席を使いたいクラスメイトが声をかけてくる前に自身の意思で席を立って教室を出た


「今日は……これはダメだな」

 ポケットに入っている小銭を数えれば100と少し

 これではパンどころか牛乳も怪しいところ

 ボクは早々に諦めて屋上への階段を上ると屋上に出ていつものように鉄柵に身体を預けた

「腹、減ったな……」

 ボクはわけあって天涯孤独なため生活費は自分でどうにかしないといけない

 と言っても早急に学校を辞めて働かなければ! なんて程には困窮してはいない

 親が残してくれた少しの遺産を高校生活中に食い潰さない程度に月割りで分割してそれでやりくりしている

 まぁ最悪暇なのだからバイトを始めても良いわけだが何せこの学校はバイト禁止という今時珍しい校則があるのがまた面倒くさい

「ん、ああ、先客がいたのか」

 ガチャっと音がして屋上の扉が開くと頭を掻きながら現れたのは新垣だった

「あら、がき……?」

 ボクは慌てて姿勢を正してから名前を呼ぶ

「おう、覚えててくれたんだな」

「後ろの席だから流石に覚えてる」

 少し嬉しそうにそう言う新垣に当たり前のことを返す

「ふーん……なぁ、オレもここ使っていいか?」

「好きに、したらいいと思う、別にボクの場所じゃないし」

 新垣は座るでもなくボクに許可を求めるからボクはまた当たり前のことを伝える

 そうすれば新垣はボクからそれ程遠くない位置に腰をかける

「でもお前が先客で使ってたんだから聞くのが当たり前だろ、いつもここにいるのか?」

「昼休みは大体な」

 それから逆になに言ってるんだみたいな風にそんなことを言われるから少し心外に思いながらも思っていたよりも常識的なその発言に内心驚きながら返事を返す

「……人の中は、疲れるからな」

「……ああ」

 疲れる、その言葉で自身が今学校でどういう扱いをされているのか、ということを新垣本人がしっかりと理解していることを認識する

 まぁ、こんな広くもない学校で立った噂が本人の耳に届かないほうがおかしい

「お前は、オレが怖くないのか?」

「……何で?」

 新垣はパンの風をパリッと開けながら恐る恐るといった様子で聞いてくるから、言葉の意図が分からなくて聞き返す 

「何でって、こんななりだし……噂は聞いてるだろ」

「噂……むこうで何かした、とか、烈勢刃竜気李と関係がある、とかそういうやつ?」

「ああ、そういうやつ」

「別に、そんなの怖くないよ」

 ボクはその問いかけに隠す必要も感じず普通に本音を吐露する

「……何で?」

 今度聞き返してきたのはボクではなく新垣のほうだった

「何でって、そもそも事実かも分からないし、事実だったとして……人間の、そんなものよりも怖いことをボクは知ってるから、怖くない」

 ボクに怖いものは一つしかない

 それは烈勢刃竜気李でもヤンキーでも人間でもない

 本当の恐怖、というのは死だ

 それは突然、何の前触れもなく現れて、大切なものを全て奪っていく

 その恐怖に比べれば他のものなど、怖くも何ともない

「……そっか、なぁお前名前何て言うの?」

 そんな僕の返答を聞いて少し安心したように新垣が聞いてくるから

「覚えててくれたんだとか言いながら自分は覚えてないんだな」

 ボクは呆れたようにそう言えば

「だってお前オレに挨拶してくれた時名前言わなかったろ」

 新垣は悪びれもせずにそう返す

「朝礼とかで聞くタイミングはあったと思うけど……」

 席も一応後ろなのだ

 ボクの名前を聞くタイミングなんてそれなりにあったはず

 だがボクが名乗らなかったのもまた事実で

「オレそんなに頭良くないからさー」

 そう言って新垣が子供のように笑うから

 そんなこともすぐにどうでも良くなってしまって

「ま、どっちでもいいけど……ボクは、新道あらた」

 改めてボクは名乗り直す

「新道、あらたか……んじゃあらた、改めてよろしく」

 新垣はそれだけ言うと持っていたパンにかじりついた

 これで会話は終了、ということだろう

「……ああ、よろしく」

 だからボクもそれだけ返してまた空に目を向けた

 長く話すのは疲れるから、これぐらいの会話量で会話を終わらせてくれるのはボクとしてもありがたかった

 そして彼と、新垣タイガと出会ったことをきっかけに、ボクの日常は少しずつ変わっていくことになるわけだ

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