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第4話

   3


「……そう、真帆ちゃんがそんなことを」


 昼休みのカウンセリング室。


 わたしとユキはふたり並んでソファーに座り、軽く目を閉じた状態で、アリスさんからより強力な夢を見ないようにする魔法を施されているところだった。


 アリスさんはわたしたちから、楸先輩の、夢と現実に於ける様子の違いについて聞くと、小さくため息を吐いてから「わかったわ」と口にして、

「この件は、あとでもう一度、イノクチ先生と話し合ってみます。最近の真帆ちゃんの様子は今までと明らかに違うけど――もしかしたら、その夢の真帆ちゃんが、私の知る本当の真帆ちゃんかも知れないから」


 その言葉に、ユキは訊ねる。


「もしそうだとして、じゃぁ、あの楸先輩は何なんですか? 私たちと夢で一緒だった楸先輩の方が本物の楸先輩で、現実にいる楸先輩は偽物か何かってこと?」


 アリスさんは「う~ん」と小さく唸ってから、

「偽物、ではないと思うの。間違いなく、あの子は楸真帆、その人に違いないはずよ。なんて言えばいいのかしら。あえて言えば、まとっている魔力の色が変わった、かしら」


「色?」


 わたしは言って、うっすらと瞼を開いてアリスさんの方に視線を向けた。


 アリスさんはそれに気づくと「ちゃんと目を瞑って」と、わたしの瞼を優しく閉じさせる。


 辺りにはアリスさんの調合してくれた(魔法の)お香の香りが漂い、その柔らかく甘い匂いがわたしたちの心まで染み込み、何とも言えない安心感をもたらしてくれた。


 バラ……ラベンダー……カモミール……? よく判らないけれど、色々な花の香りが押し寄せる波の如く、何度も何度も繰り返しわたしたちの鼻孔をくすぐった。


 アリスさんは小さな吐息を漏らすと、

「魔力には色があるの。人それぞれ、持って生まれた色が。それなのに、ここ最近の真帆ちゃんの色はとても濁った色をしていた。元々は虹色に輝く、本当に色々な可能性を秘めた鮮やかな色をしていたのに、今はそのすべてが交じり合って黒一色になろうとしているような、とても不気味で――気持ち悪くて――あえて言うなら、そう……怖い」


「怖い?」


「怖い。とても。何か底知れないものを感じるの。たぶん、夢魔が関係していると思う。もしかしたら、夢魔が真帆ちゃんの身体を乗っ取ろうとしているんじゃないかって、何の根拠もないのだけれど、そんなことを考えてしまって……とても怖いの」


 同じだ、とわたしは思った。さっき楸先輩と話をしていた時も、わたしは楸先輩に対して同じ感情を抱いた。


 あの鈍色の瞳の奥に、いったい何が潜んでいるのだろうか。


 ――夢魔。


 もしも本当に、楸先輩の身体を夢魔が乗っ取ろうとしているのだとしたら。


 本当の楸先輩は、いったいどうなってしまうのだろうか。


「そんなに深く考えないで」

 とアリスさんはわたしを安心させるように軽く笑んで、

「あくまで、私の想像だから。あの子は間違いなく、楸真帆よ。それは間違いないから。ごめんね、変なことを言ってしまって」


「あ、いえ……」

 と、わたしは軽く首を横に振る。


 それからしばらくの間、わたしたちは黙りこくっていたのだけれど、おもむろにユキが口を開いた。


「ところで、秘密基地って、知ってますか?」


「秘密基地……」

 アリスさんは呟くように繰り返して、

「もしかして、研究室のことかしら」


「け、研究室?」


「元々は夏希ちゃんのお爺さんが魔法の研究をしていた秘密の部屋だったのだけれど、今では真帆ちゃんやシモハライくん、夏希ちゃんたちの放課後の集合場所になっている場所よ」


「放課後の集合場所って、集まって何しているんですか? 榎先輩も、確か魔女なんですよね? 何か怪しげな集会でも開いてるんですか?」


 どこかおどけたように訊ねるユキに、アリスさんもくすりと笑んで、

「そうね、もしかしたら、しているかも知れないわね。だけど基本的にはただダラダラ時間をつぶしてるだけみたいよ。時には授業の課題とか新しい魔法の研究――まぁ、ほとんどいたずらに使うためだけになんだけれど、そういうこともしているみたいね」


「みたい、ってことは、アリスさんは?」


「私はあくまで部外者だから。そうね、イノクチ先生を顧問とした、都合上『魔法研究同好会』って感じかしら。当然、学校からは認められていなければ、知られてもいない部活動をしている部室って思ってもらった方がわかりやすいわね」


 それがどうかしたの? と疑問を口にするアリスさんに、わたしは答えた。


「実はさっき、楸先輩とシモハライ先輩が、秘密基地に行きましょうって言っていたので……」


「お昼休みに?」


「いえ、一時間目が始まる前に、廊下で」


「それ、つまり、またふたりで授業をサボったってことね」


 やれやれ、と明らかに呆れたようなため息を漏らして、


「あの子たち、いつもいつも一時間目はサボってるらしいのよね。イノクチ先生も、いつも困ったふうに言っているわ」


 それから「ふぅ」と息を吐いて、

「まぁ、とにかく、真帆ちゃんのことは私に任せてください。何とかしますから」


「……はい」

「わかりました」


 わたしたちの返事に、アリスさんは「うん」と答えてから、

「はい、これで魔法はおしまいです」

 それからパチンっと両手を打って、

「瞼を開けていいですよ」


 言われてわたしは瞼を開き、隣のユキに顔を向けた。


 ユキも同じく瞼を開き、互いの視線が交じり合う。


「たぶん、しばらくこれで夢を見ることはなくなると思います。念のために、今夜もあなたたちの夢――たぶん見ないと思うけど、万が一にも夢を見てしまった時のために、外側から様子を見させてもらいますね」


「はい」

「りょーかいです」


 わたしたちは返事して、ゆっくりとソファーから立ち上がった。


 丁度それに合わせたように、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。


「それじゃぁ、私はこの件をイノクチ先生に報告しておきますね」


 言ってアリスさんはゆっくりと立ち上がると、ふとわたしたちの姿をじっと見つめてから、優しく微笑み、


「……いいわね、仲の良い友達って。とってもお似合いよ、あなたたちの色」


 その言葉に、わたしたちは思わず顔を見合わせ、首を傾げたのだった。

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