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第2話

   ***


 最初に異変に気付いたのが誰だったのか、今となってはわからない。


 全魔協に所属している魔法使いだという者もあれば、特定の組合に加入しているわけではない、個人の魔法使いの報告によるものだった、という者もいる。


 けれど、いずれにしろその存在は、じわじわと魔法使いたちの間に噂として広がるようになっていった。


 最初は「小さな黒い渦を見た」というのが大半の目撃談だった。


 それは特に取るに足るような話なんかじゃなくて、「アレは何だったんだろうな」とただ首を傾げて忘れ去る――その程度のモノだったらしい。


 当然、その頃にはまだ実害なんて全くなく、それゆえに、誰もその渦について調べようとした者はいなかった。


 ところが、やがてその噂話は徐々に変化していった。


「拳くらいだった」

「野球ボール程度だった」

「いや、サッカーボールくらいはあっただろう」

「そんなはずはない、もう少し小さかった」

「人の頭くらいだった」

「そうそう。そんなもんだ」


 そんな感じに、噂話における黒い渦の大きさは、だんだんと大きくなっていったんだ。


 さすがにそこまでくると、全魔協の中にも不思議に思うやつらがちらほらでてきた。


「アレはいったい何なんだろう。どこから出てきたんだろう」


 なにしろ、『夢渡り』の魔法と言えば、昔から魔法使いにとっては当たり前のように利用されてきた魔法だったし、そんなものの目撃例なんて、過去の記録には一度も出てきたことはなかったからだ。


「そんなもん、気にしなくても大丈夫さ」

「放っとけばそのうち消えるって」

「案外、ホクロみたいなもんなんじゃないか?」


 そんなふうに軽口を言って笑う者もいる中、その黒い渦を真面目に研究し始めた魔法使いの夫婦が居た。


 ――椿夫妻だ。


 椿夫妻は全魔協の中でも魔法の歴史的研究を行っている方々で、その黒い渦の正体について、真剣に研究を始めたんだ。


 日本に残る過去の文献のみならず、海外の古い記録や壁画まで調べつくして、やがて二人はある結論に辿り着いた。


 それが夢魔――夢の悪魔だ。


 夢魔、というとそのイメージは西洋のインキュバス、ナイトメアを想像させるが、これは便宜上、わかりやすくその黒い渦をそう呼ぶことにしただけだった。


 というのも、椿夫妻は毎日のように色々な人と夢を介してコミュニケーションを取り、その黒い渦にも何度か触れてみるという、やや無謀なことにまで手を伸ばしたわけなんだが、その時に、彼らは気付いたんだ。


 自分たちの身体に宿る魔力――いわゆる生命力が、その黒い渦に吸収されているということに。


 俺たち生命体が生き、動いているのは生命力――魔力によるものなわけだが、つまり、その生命力を奪われるということは、命の危険がある存在だってことが判明したわけだ。


 そのために、椿夫妻はその黒い渦を悪魔と称し、夢の悪魔――夢魔と名付けた、というわけだ。


 椿夫妻はこれに対して、緊急で対処しなければいずれは死人が出ることになる、何とかしなければならない、すぐに全魔協から全魔法使いに『夢渡り』の使用禁止を伝えるべきだ、そう進言したんだ。


 ところが、そんな話、誰も信じなかった。


「そんな大それたものなわけがない」

「気にし過ぎだ」

「今まで何の影響もなかったものが、今さらそんな恐ろしいものになるわけがない」


 誰もがそんなふうに口にして、取り合わなかったんだ。


 椿夫妻はこのままでは駄目だ、手遅れになる前に、もっとちゃんとした証拠を集めなければならない。危険であることを十分に周知させなければならないと考えた。


 彼らは毎夜のように『夢渡り』を使い、黒い渦――夢魔の研究を進めていって。


 そしてある夜の事だった。


 椿夫妻は、娘さんともども、夢魔に魔力を吸い尽くされて、亡くなったんだ。

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