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第8話

   7


 無音だった。


 世界の全てから音が消えてしまったのではないかと思えるほどに、辺りは静寂に包まれていた。


 そのあまりにも耳に痛い無音に、わたしはふと目を覚ます。


「……あれ?」


 そこは、私の良く知る場所。


 学校の、わたしの教室の、わたしの席に突っ伏していて。


 わたし、また授業中に眠ってた?


 そう思ったけれど、そもそも学校に登校してきたという記憶がない。


 それに、このあまりの静けさはいったいどういうわけ?


 思いながら上半身を起こし、教室の中を見回してみる。


 まるでそれが当たり前であるかのように、そこにはわたし以外、誰の姿も見当たらなかった。


 教室の蛍光灯は煌々と室内を照らしているが、窓の外にふと目を向ければ、そこに広がっているのはただ闇一色だった。


 これは――夢だ。


 わたしはすぐに確信する。


 何だか意識がふわふわしているし、あまりにも現実味がない。


 不気味、というほどではないにしても、このままこんな夢を見続けているのも嫌だった。


 昨日の楸先輩の件を思い出して、早く目を覚まさなきゃ、と再び机に突っ伏す。


 …………。

 ………。

 ……。


 起きられない。


 いや、逆の言い方をするなら、眠れない。


 わたしは小さくため息を吐き、もう一度上半身を起こし、辺りを見回す。


 先ほどと何一つ変わらず、夢の世界はそこにはあって。


「……どうしよ」

 わたしは誰にともなく呟いた。


 昨日のあの夢みたいに嫌な感じはしなかった。


 だから、そこまで怖がる必要はない。


 それなのに、何だか心がざわざわしてしまうのは、きっと楸先輩の所為に違いなかった。


 ぼんやりと窓の外に顔を向けながら、わたしは再びため息をもらす。


 どうしてまた、こんな夢を見てしまったのだろうか。


 なんだかまたどこかから楸先輩が出てきそうな気がして、もし本当にそうなったら、と思うと何だか不安がわたしを襲う。


 出てこないで、と願いながら、何度目かのため息を吐いたところで、

 ――キュ、キュ、キュ

 廊下を歩く、誰かの足音にわたしの身体は跳ね上がった。


「え、うそ、楸先輩?」


 思わず席から腰を浮かせて、壁際に身を寄せる。


 その足音は確実にこちらのほうに近づいてきていて、まるで迷いなど感じられなかった。


 次第に大きくなっていく、上靴と廊下のこすれる音。


 その音の大きさと共に、わたしの恐怖は増幅していく。


 やがて足音はわたしの教室の前で止まり、咄嗟にわたしは黒板の前、教卓の中に身をひそめた。


 こんなところに隠れても意味があるとは思えないのだけれど、とにかく隠れなくては、と身を縮こまらせる。


 カチャ、と取っ手に手がかかる音に続いて、ガラガラガラ、とドアが開け放たれる音が間近に聞こえた。


「――ふん」

 教室のドアを開けた、何者かの鼻音。


 キュ、キュ、キュ、とその何者かは教室の中を歩き回って、やがて教卓のすぐそばまで来てピタリとその足を止めてしまった。


 わらしは口を手で覆い、身震いしながらその何者かがわたしに気づかず、立ち去ってくれることを切に願った。


 けれど、

「――誰?」

 そう言って、その何者かは教卓の中を覗き込んできて、

「ひっ!」

 小さく悲鳴を上げるわたしと、完全に視線が交わる。


 ――見つかった!


 心臓がバクバクと激しく脈打ち、息もまともにできなかった。


 恐怖が頂点に達して、大きく目を見開いて、絶叫してしまいそうになりながら、必死にそれを抑え込んで。


 果たしてそこに見えたのは、楸先輩の顔、


「じゃ、ない……?」


「はい?」


 茶色の短い髪を揺らしながら、その女の子は眉間にしわを寄せると、わずかに首を傾げた。

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