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第6話

   6


 その夜、わたしはいつはんどうさんが来てもいいように、なるべくかわいい服に着替えて待っていた。


 早めに夕食を摂り、お風呂に入り、身だしなみを整えて。


 あんな綺麗でかわいい人に会うんだから、こちらもそれなりの格好じゃないとなんだか失礼な気がしたのだ。


 時計の針は午後九時を回ったところ。下の階からは、パパとママがテレビドラマを観ている音がわずかに聞こえていた。


 昨日と同じくらいの時間に来るのだとしたら、そろそろだろうか。


 わたしは鏡の前に立ってもう一度自分の姿を確認して、それから部屋の中を見回した。


 何となく気になったところ――ベッドのしわとか勉強机の上の本棚とか、そういった目につくところも綺麗にしておく。


 よし、これでいつ来ても大丈夫。


 そう思った時だった。


 ――コンコンッ


 窓を叩く、小さな音が聞こえてきた。


 わたしは窓辺に駆け寄り、カーテンをじゃらっと開けて。


「こんばんは、鐘撞さん」


 可愛らしく微笑む楾さんが、ホウキに腰掛けそこに居た。


「こ、こんばんは……」


 わたしは小さく返事して、がらりと窓を開け放つ。


 楾さんは昨夜とは違う水色のふんわりしたドレスを着ており、そのスカートのふちには白い小さなリボンがいくつもあしらわれていた。


 相変わらず真っ白な肌に白い髪で、月を背負ったその姿に、わたしは思わず見惚れてしまう。


 やっぱり、なんて綺麗な人なんだろうか。


 こんな綺麗な人、そうそういないだろう。


 あまりの神々しさに、何だか眼がくらんでしまいそうだった。


「えっと、鐘撞さん? 大丈夫?」


 声を掛けられ、わたしはハッと我に返った。


「あ、すみません、どうぞ、入ってください」


「ありがとう」


 言って楾さんは、あの優し気な微笑みを浮かべると、すっとホウキに乗ったまま部屋の中に入り、すとんと床に足を下ろした。


 よく見れば、その足は靴を履いていなかった。フリルのついた白い靴下が、その小さな足を包み込んでいる。


「あ、どうぞ、座ってください」


 わたしはベッドを示しながら、わたし自身は勉強机の椅子に座った。


 楾さんはゆっくりとベッドの上に腰を下ろして、優雅に両脚を斜めに揃えた。


「それで、お話っていうのは?」


 訊ねると、楾さんは小さく頷いて、


「鐘撞さんは、キョーカイについてどれだけ知ってる?」


「キョーカイ……」


 それは帰り際にもイノクチ先生から聞いていたけど、それが何のことをいっているか、どんなに考えても判らなかった。


 だから、正直に答える。


「いいえ。キョーカイって、どんな字を書くんですか?」


 楾さんは「そうね」と口にして、人差し指を宙に突き出し、するすると字を書き始める。


 キラキラと輝くその文字は、『全国魔法遣協会』と宙に浮かんだ。


「通称、全魔協。日本中の多くの魔法使いが登録している、情報交換や、魔法を必要としている人のために、魔法使いを派遣したりしている組織のことよ」

 言って楾さんはさっとその字をかき消して、

「実は昔、鐘撞さんのお婆さんにもお声を掛けたことがあったらしいの。けれどその時は協会も発足したばかりで、まだまだ信用に足らないからって、断られてしまった」


「そう、なんですか?」


 そんな話、お婆ちゃんからは一度も聞いたことがなかった。お母さんからも聞いたことはなかったし、二人が言うことと言えば「魔法使いは信用するな」とそればかり。特に「怪しげな集団には気をつけろ」なんて言われているけれど、たぶん、その中にはこの『全魔協』とやらも含まれていたのだろう。


 でも、だとして、楾さんはいったい何を言おうとしているのだろうか。


 すると楾さんは、そんなわたしの考えを見透かしたかのように、


「これは別に、あなたに強要するわけじゃない。無理強いするつもりなんて毛頭ない」


 そう前置きしてから、


「――もしよかったら、協会に入る気は、ない?」

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