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第12話 料理を決めよう

 肉を喰わせておけばいい。

 アルトさんのアドバイスに従い、俺は午前の家事を済ませた後駅前のデパートに来ていた。

 なんかいい肉といえばデパートの地下だろう。

 そう思って来たものの、何がいいのか全然分かんない。

 肉の種類ってなんでこんなにあるんだよ。

 うーん……何がいいのかなぁ。そんな手の込んだものはした事ないし。

 カレーとシチューが作れるから、肉じゃが、作れるよな。材料にたようなもんだし。あとハヤシライスもいけるか。

 あとは……ステーキとか? 焼くだけならできるかな。でも焼き加減わかんねえし……

 ハンバーグならできる、かな。まだつくったことないけど。煮込みハンバーグだとなんか豪勢な気がする。それにローストビーフにサラダとかかな。

 うーん……

 とりあえず今日は下見だけして、明後日また買いに来よう。それまでに作れそうな料理の下調べしておこう。

 そう決意して、俺はデパートを後にした。

 駅前からの帰り道。

 俺はカフェ・セレナーデに立ち寄った。

 なんだかんだでこの店には一週間に二度は来るようになっていた。

 引きこもってばかりはいられないと、そう思って少しでも人と接して話せる場所が、このカフェだった。

 基本、平日はマスターだけらしくバイトの姿はない。

 夜はバーになるそうでその時間にはバイトが来るらしい。

 だから今日も、マスターである安達秋晴さんだけで店を切り盛りしていた。

 店内には、三人の客がいる。

 そのうちのひとりはよく見かけるマダムで、窓際のひとり席に座り静かに本を読んでいる。

 マスターは俺の姿を見ると、春風のような暖かい笑みを浮かべて言った。


「いらっしゃいませ、お好きな席にどうぞ」


 言われて俺は、カウンターの席に座る。

 そこに座るのはマスターと話ができるからだ。

 そして俺が頼むのは、クラシカル・カフェラテだ。

 デザートは頼んだり頼まなかったりだった。

 注文を済ませて俺は、スマホで誕生日の料理について調べた。

 でてくる画像はどれも料理の数が多くて、とてもじゃないが俺の技術では無理としか思えなかった。

 寿司やからあげ、パエリアかな、これ。グラタンとかローストビーフとかすげえな。

 そもそも食べるのはふたりだしな……俺も想真も人並みには喰うけど、あくまで人並みだし。

 そうなるとここに出てくる画像みたいな量は無理だ。食えない。

 俺は、背負ってるボディバッグから小さな手帳を取り出して、誕生日の料理案を書きだす。

 煮込みハンバーグ。生のハンバーグ売ってるからそれ利用すれば手間が省けるよな。見た目も豪華に見えていい。

 それにサラダ、ローストビーフ。ポテトサラダなら作れる。

 あとは……ご飯たいて。煮込みハンバーグにシチューって変かな。

 呻りながら考えていると、カウンターの向こうから声がかかった。


「お待たせいたしました」


「あ、はい」


 慌てて俺が手帳とスマホをどかすと、マスターはコースターを置いたあと、そこにどんぶりのようなカップを置く。


「何か調べ物ですか?」


 その問いに俺は頷き言った。


「はい、その、友達の誕生日があって、料理を作ることになったんですけど何つくろうか悩んでて」


「あぁ、そうなんですか。料理のプレゼントとは喜ばれそうですね」


「あはは、本人の希望で」


 そして俺は手帳とスマホを置き、カフェオレに砂糖を入れた。


「料理、何を作られるんですか?」


「あ、はい。そんな手の込んだものは無理なんで生のハンバーグ買ってきてそれで煮込みハンバーグ作ろうかなって。あとポテトサラダ作って、シチューかなんかにしようかなって」


「あぁ、いいですね。煮込みハンバーグならコンソメスープもいいと思いますよ」


「あ、そうですね。煮込みハンバーグとシチューだとなんかくどいかなとか思ってたんですけどそうか、コンソメスープか」


 言われて俺は、手帳を開いてシチューを消し、コンソメスープと書く。

 必要なものは、玉ねぎとベーコンかな。キャベツ入ってたりするっけ。


「大切な、人なんですね」


 笑いながらマスターに言われ、俺は驚き顔を上げた。

 大切な、人?


「い、いやそういうわけじゃあ」


 言いながら俺は首を横に振る。

 大切な人、っていうとなんか違う。じゃあ何かと聞かれたらよくわからない。

 俺の答えを聞いたマスターは不思議そうに首を傾げた。


「おや、違うんですか?」


「うーん、ちょっと違うと思います。俺、行くところなくて仕事も失ってそれで……俺を置いてくれてるんです。だからこれくらいは普通っていうか」


 笑いながら言うと、マスターは驚きの顔をした。


「なにやら複雑な事情がありそうですね」


「あはは、そうなんですよねー。仕事、捜さなくちゃなんですけど俺、面接にも行けなくって。全然仕事見つけらんなくて。でもそんな俺を受け入れてくれる……」


 大切な人、と言いかけて俺は、その言葉を飲み込んだ。

 俺、いつの間にかあいつのことそんな風に思ってた?

 いやいやいや。それはないって。大切だけどでもそういうんじゃなくって……じゃあ、なんだろう?

 自分でも訳が分かんなくなり、俺はカフェオレに口をつけた。

 あー、甘くておいしい。


「仕事……君は、接客はしたことありますか?」


「え? あ、はい。学生の時に一応」


 言いながら俺は顔を上げてマスターを見た。彼は顎に手を当てて何やら真剣な顔をして俺を見ている。


「今うち、人手が足りなくてバイトを募集しているんだけど、よかったら働かない?」


 そう微笑み言われ、俺は大きく目を見開いてマスターを見つめた。



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