肉を喰わせておけばいい。
アルトさんのアドバイスに従い、俺は午前の家事を済ませた後駅前のデパートに来ていた。
なんかいい肉といえばデパートの地下だろう。
そう思って来たものの、何がいいのか全然分かんない。
肉の種類ってなんでこんなにあるんだよ。
うーん……何がいいのかなぁ。そんな手の込んだものはした事ないし。
カレーとシチューが作れるから、肉じゃが、作れるよな。材料にたようなもんだし。あとハヤシライスもいけるか。
あとは……ステーキとか? 焼くだけならできるかな。でも焼き加減わかんねえし……
ハンバーグならできる、かな。まだつくったことないけど。煮込みハンバーグだとなんか豪勢な気がする。それにローストビーフにサラダとかかな。
うーん……
とりあえず今日は下見だけして、明後日また買いに来よう。それまでに作れそうな料理の下調べしておこう。
そう決意して、俺はデパートを後にした。
駅前からの帰り道。
俺はカフェ・セレナーデに立ち寄った。
なんだかんだでこの店には一週間に二度は来るようになっていた。
引きこもってばかりはいられないと、そう思って少しでも人と接して話せる場所が、このカフェだった。
基本、平日はマスターだけらしくバイトの姿はない。
夜はバーになるそうでその時間にはバイトが来るらしい。
だから今日も、マスターである安達秋晴さんだけで店を切り盛りしていた。
店内には、三人の客がいる。
そのうちのひとりはよく見かけるマダムで、窓際のひとり席に座り静かに本を読んでいる。
マスターは俺の姿を見ると、春風のような暖かい笑みを浮かべて言った。
「いらっしゃいませ、お好きな席にどうぞ」
言われて俺は、カウンターの席に座る。
そこに座るのはマスターと話ができるからだ。
そして俺が頼むのは、クラシカル・カフェラテだ。
デザートは頼んだり頼まなかったりだった。
注文を済ませて俺は、スマホで誕生日の料理について調べた。
でてくる画像はどれも料理の数が多くて、とてもじゃないが俺の技術では無理としか思えなかった。
寿司やからあげ、パエリアかな、これ。グラタンとかローストビーフとかすげえな。
そもそも食べるのはふたりだしな……俺も想真も人並みには喰うけど、あくまで人並みだし。
そうなるとここに出てくる画像みたいな量は無理だ。食えない。
俺は、背負ってるボディバッグから小さな手帳を取り出して、誕生日の料理案を書きだす。
煮込みハンバーグ。生のハンバーグ売ってるからそれ利用すれば手間が省けるよな。見た目も豪華に見えていい。
それにサラダ、ローストビーフ。ポテトサラダなら作れる。
あとは……ご飯たいて。煮込みハンバーグにシチューって変かな。
呻りながら考えていると、カウンターの向こうから声がかかった。
「お待たせいたしました」
「あ、はい」
慌てて俺が手帳とスマホをどかすと、マスターはコースターを置いたあと、そこにどんぶりのようなカップを置く。
「何か調べ物ですか?」
その問いに俺は頷き言った。
「はい、その、友達の誕生日があって、料理を作ることになったんですけど何つくろうか悩んでて」
「あぁ、そうなんですか。料理のプレゼントとは喜ばれそうですね」
「あはは、本人の希望で」
そして俺は手帳とスマホを置き、カフェオレに砂糖を入れた。
「料理、何を作られるんですか?」
「あ、はい。そんな手の込んだものは無理なんで生のハンバーグ買ってきてそれで煮込みハンバーグ作ろうかなって。あとポテトサラダ作って、シチューかなんかにしようかなって」
「あぁ、いいですね。煮込みハンバーグならコンソメスープもいいと思いますよ」
「あ、そうですね。煮込みハンバーグとシチューだとなんかくどいかなとか思ってたんですけどそうか、コンソメスープか」
言われて俺は、手帳を開いてシチューを消し、コンソメスープと書く。
必要なものは、玉ねぎとベーコンかな。キャベツ入ってたりするっけ。
「大切な、人なんですね」
笑いながらマスターに言われ、俺は驚き顔を上げた。
大切な、人?
「い、いやそういうわけじゃあ」
言いながら俺は首を横に振る。
大切な人、っていうとなんか違う。じゃあ何かと聞かれたらよくわからない。
俺の答えを聞いたマスターは不思議そうに首を傾げた。
「おや、違うんですか?」
「うーん、ちょっと違うと思います。俺、行くところなくて仕事も失ってそれで……俺を置いてくれてるんです。だからこれくらいは普通っていうか」
笑いながら言うと、マスターは驚きの顔をした。
「なにやら複雑な事情がありそうですね」
「あはは、そうなんですよねー。仕事、捜さなくちゃなんですけど俺、面接にも行けなくって。全然仕事見つけらんなくて。でもそんな俺を受け入れてくれる……」
大切な人、と言いかけて俺は、その言葉を飲み込んだ。
俺、いつの間にかあいつのことそんな風に思ってた?
いやいやいや。それはないって。大切だけどでもそういうんじゃなくって……じゃあ、なんだろう?
自分でも訳が分かんなくなり、俺はカフェオレに口をつけた。
あー、甘くておいしい。
「仕事……君は、接客はしたことありますか?」
「え? あ、はい。学生の時に一応」
言いながら俺は顔を上げてマスターを見た。彼は顎に手を当てて何やら真剣な顔をして俺を見ている。
「今うち、人手が足りなくてバイトを募集しているんだけど、よかったら働かない?」
そう微笑み言われ、俺は大きく目を見開いてマスターを見つめた。