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第11話 過ぎていく時間

 俺が、想真に拾われて一カ月以上が過ぎた十一月二十日水曜日の朝。

 想真はドラマの撮影が終わり、次の仕事が決まったらしい。

 俺のスマホと同期されているスケジュールに色々と書き込まれていた。


「今度は映画なんだよね。あとドラマもあるからちょっと忙しくなっちゃうなぁ」


 と言い、想真は頬杖をつく。


「映画にドラマにってお前、すごいな」


 心底感心して言うと、彼は笑いながら言った。


「でしょー。役者ってさ、自分じゃない誰かになれるでしょ? だから楽しいんだよね。医者になれたり、保育士になれたり。俺、絶対できない職業を演じられるのが楽しいんだ」


 そう、楽しそうに語る想真の姿がなんだか眩しかった。

 好きなことがあってそれを仕事しにしてるの、すげえな……

 俺にはまねできないし、そもそもしたいことがない。

 俺、何したいんだろ。

 俺、何ができるだろ。

 ここに来て一ヶ月、何度も繰り返している自問だった。

 想真はロールパンにたまごサラダを挟みながら言った。


「うちの事務所小さいんだよね。まだ立ち上がってそんなに経たないし。タレントがひとりいるだけだからね。俺とその子が仕事とってこないと事務所大変なんだ」


「へぇ、そうなんだ」


 未知の世界過ぎて、想真の話が半分も入ってこない。


「お前の事務所ってなんて名前?」


「アユハプロだよ。日下部乃愛(くさかべのあ)ってタレントがいるんだ」


 日下部……乃愛? 聞いたことあるような。

 俺はキャラメルマキアートが入ったマグカップをを手に持ち考え込む。

 なんか、高校生くらいの頃にけっこう見かけたような、その名前。

 えーと……

 ぼんやりとした記憶の中からそれらしいものを呼び起こして俺は言った。


「その子って、子役してた子?」


 首を傾げつつそう尋ねると、想真は何度も頷き答えた。


「そうそう。元人気子役。学業のために芸能界離れていたんだけど、大学入学してから復帰したんだよね」


 日下部乃愛。黒髪に大きな二重の瞳の可愛い女の子だったような。

 子供向け番組やゴールデンタイムのドラマに出てたりしていたと思う。

 そういえば、ノアちゃん、芸能界復帰! みたいなネットニュースを見たような記憶はうっすらある。


「そうなんだ。え、でもそれだけなの、所属してる芸能人て」


「うん、小さいプロダクションなんだよ。あとはアイドルのたまごがいるんだけど、まだデビューできる感じじゃなくって」


「へぇ」


 芸能界って大変なんだな。


「ところでさ、俐月」


「何?」


「明後日、俺、誕生日なんだ」


 にこにこっとして言った想真の言葉に、俺は思わず箸を落っことした。


「……え?」


「あれ、知らなかったの?」


「知らねえよ、そんな……えーと、え?」


「そんなのウィ〇ペディアに載ってるのにー」


 そう言いながら想真はあはは、と笑う。

 すみません誕生日まで見てませんでしたごめんなさい。

 そう思いつつ、俺はテーブルにおっことした箸を拾いつつ言った。


「な、何したらいい? ケーキあったほうがいいよな。あと……」


 人の誕生日を祝うのなんて学生の時以来だよ。どうしたらいいんだ。

 プレゼント……いや、想真のお金でプレゼント買うのもなんかおかしいよな。

 そもそも俺が何か贈り物をしたとして、想真は喜ぶのか? だめだ、全然わかんねえよ。

 悩んでいると、笑いを含んだ声で想真が言った。


「ケーキはアルトさんが頼んでるから大丈夫だよ。あとはうーん、その日は仕事で遅いから、土曜日にちょっと豪華なご飯がいいな」


「ちょっとってなんだよ」


 間髪入れずにそう問いかけると、想真は笑顔のまま黙り込んでしまった。

 想真は下を向き、ぶつぶつとなにやら呟き始める。


「唐揚げ……ハンバーグ? ピザとか? 俺、何が好きだろう……甘いものは好きだけど……」


 おい、自分の好きに疑問を抱くなよ。

 何かあるだろ、好きな食べ物くらい。

 そんな事をしている間に、部屋のチャイムが鳴り響く。

 きっとアルトさんが迎えに来たんだろう。


「おい、想真。準備しろよ」


 言いながら俺は箸を置いてたし上がり、玄関へと向かう。

 そして鍵を開けると、そこにはスーツに黒のコートを纏ったアルトさんが立っていた。


「おはようございます」


 俺の挨拶に、彼は丁寧に頭を下げたあと笑顔で言った。


「おはようございます、俐月さん。想真は?」


「すみません、まだご飯終わってなくて」


 言いながら苦笑を浮かべると、アルトさんは首を横に振り言った。


「あぁ、大丈夫ですよ。それを見越して早めに迎えに来ていますから。中、入っても大丈夫ですか?」


 その問いかけに俺は頷き、アルトさんを中に招き入れた。


「お邪魔いたします。ほんと、俐月さんがいらしてから想真が人間らしい生活をしていて、俺は嬉しいですよ」


「そんな大げさな」


 スリッパを出しながら言う俺に、アルトさんは首を横に振った。


「想真は寝られなかったり、そのせいで朝起きられなかったり、食事をろくにとらなかったりしていたので。最近調子が言いようでオーディションでも評価が高いんです」


 アルトさんはそう嬉しそうに語り、俺のあとをついて廊下を歩く。

 彼の言葉だけで想真がどんな生活を送っていたのか想像できてしまう。

 俺がここに引っ越してきたとき、炊飯器とか食器とかなかったから色々と買い揃えたもんな……

 廊下を歩きリビングダイニングへと続く扉を開くと、想真が着替えて部屋から出てきたところだった。


「あぁ、アルトさんおはよう」


 と言い、彼は帽子を片手に手を振ってくる。

 テーブルの上を見れば、彼が使った食器類は綺麗に片付けられている。

 あの短い時間に食べきって着替えてきたのかよ、こいつ。


「おはよう、想真。準備できているのか?」


「うん、あと顔洗って歯磨きしてくるからもう少し待ってて」


 そう言って、彼は俺たちが入ってきた扉の方へと向かう。


「アルトさん」


「はい、何でしょうか」


「お時間あるようでしたら、コーヒーでも淹れますがどうですか?」


 アルトさんはいつも迎えに来るとそのまま想真と一緒にさっさと行ってしまう。だからそんなに会話をした事がなかった。

 だからどう間を持たせたらいいかわからず出た言葉だったんだけど……どうだろう。大丈夫かな。

 でもアルトさんは、そんな俺の不安を吹き飛ばすような笑顔で頷き言った。


「そうですね、いただきます。あぁ、ブラックでお願いしますね」


「わかりました」


 ほっとして、俺はキッチンの方にあるコーヒーマシンに近づく。

 ブラックコーヒーのカプセルをセットして、お客様用のマグカップを置きスタートボタンを押した。


「アルトさんて、ずっと想真のマネージャーをやってるんですか?」


 コーヒーマシンを見つめたまま、俺はソファーに座るアルトさんに声をかけた。


「今の事務所に入ってからはそうですね」


 にこっと笑い、アルトさんが言う。じゃあ想真の好みとかわかるよな?


「明後日、あいつ誕生日だってさっき聞いたんですよ」


 コーヒーマシンが止まったので、俺はマグカップを手に持ちソファーの方へと向かった。


「それでどうしたらいいのか聞いたら豪華な食事がいいって言われたんですけど、想真って何が好きですか?」


 言いながら俺は、ソファーに足を組んで座るアルトさんの前にカップを置いた。


「ありがとうございます。確かにあいつ、誕生日ですね。毎年ケーキだけは注文してほしいと言われていて頼んではありますけど。甘いものは大好きですね」


 それはわかる。だって、チョコレートとか常備するように言われてるし。

 でも食事については何が好きとか嫌いとか聞いたことがない。

 出したものはなんでも喜んで食べるからだ。


「他、なんかないっすかね。豪華って何がいいのか全然分かんなくて」


「そうですねぇ」


 と言い、アルトさんはカップを手にする。


「俐月さんが作られた物なら、なんでも嬉しいと感じると思いますよ。しいて言うなら、肉を喰わせておけばいいと思います」


 そう微笑み言って、彼はカップに口をつけた。


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