目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第9話 面接が決まった

 応募した店からメールが返ってきて、バイトの面接が決まった。

 駅ビルのイタリアンレストランだ。そこを選んだのは学生時代に飲食でバイトをしていたことがあるからだ。

 忙しい方が余計な事を考えなくていいし、週三日でいいならいけると思ったものの。

 面接は明後日、月曜日の午後三時。でも、いざ面接、と思うと身体が震えてしまう。

 あぁー……前の職場の上司みたいなやつ、めったにいない、ということはわかっているのに。俺の身体は働くことを拒否しているようだった。

 うーん……散歩、行こう。

 部屋にいても滅入ってしまうので、俺は家事をした後外に出ることにした。

 実は、ここに引っ越してきてから近所を歩いたことがない。

 スーパーに行って帰ってくるか、駅前にちょっと行くだけなんだよなぁ。

 この間、カフェを見つけたみたいに近所を散策していろいろ探すのもいいかもしれない。

 マンションの外に出ると、びゅうっと冷たい風が吹き、俺は思わず身震いをした。

 おぉ、昨日よりも寒いかも。

 そう思い空を見上げると、風が強いのか雲の流れが早い。

 街路樹の葉の色は緑色かあ黄色へと変わり、風に揺れて葉がおちていく。

 秋かぁ。

 ってことは冬はあっという間にやってきてクリスマスと年末年始がやってくるのか。

 あーあ……夢も希望もないや、俺。

 近所を散策していると、大きな公園を見つけた。

 子供たちが遊具で遊び、お母様たちは談笑をしている。

 そんなのを見ていたらただの不審者だよな。

 そう思い、俺は公園を離れた。

 しばらく歩き、時刻は十一時を過ぎる。

 すると昨日のカフェにたどり着いた。

 オープンの看板が出ていて、駐車場は満車だ。

 喉、渇いたな。そう思い俺は、惹かれるようにカフェ、セレナーデへと向かった。

 扉を開き中に入ると、店内のテーブル席はすべて埋まっていた。

 あ、カウンターしかあいていない。

 今日はバイトがいるらしく、大学生くらいの青年が、注文を取っているのが見える。


「いらっしゃいませ、こちらの席にどうぞ」


 そんなマスターの声がかかり、俺は言われた通りカウンターの隅の席に座った。


「今日もお越し下さりありがとうございます」


 言いながら、マスターが俺の前に水とおしぼりを置く。

 あ、覚えられてる……?

 昨日初めて来たのに。

 恥ずかしさを感じて俺は曖昧に笑い、下を俯きおしぼりで手を拭いた。


「ああ、すみません。人の顔を覚えるのは得意なのでつい。ご注文が決まりましたらお声がけください」


 と言い、マスターは俺の前から去っていく。と言ってもカウンター内に基本いるからちょっと視界を動かせば目に入るけど。

 マスターはコーヒーを用意しているようだった。

 サイフォンの中でコーヒーの粉が踊っているのがわかる。

 今日は何を飲もう。

 甘くないと飲めないしな……

 そう思い俺はメニューに目を落とした。

 何にしよう。うーん、あ、チョコレートドリンクがある。これ、美味しそうだな。それとたまごサンドにしよう。ちょうど腹が減ってきたし。


「すみません」


 そう声をかけるとマスターではなくバイトと思われる青年が背後から俺に近づいてきて言った。


「お待たせいたしました」


「注文をお願いしたいのですが」


 というと、彼はエプロンのポケットから小さなバインダーを取り出した。


「えーと、ショコラ・カデンツァとたまごサンドをお願いします」


「ショコラ・カデンツァと、たまごサンドですね。はい、かしこまりました」


 そして彼は去っていき、カウンター内に入ってドリンクの準備を始めた。

 あぁ、バイトでもそういうのやるんだ。

 マスターは今、カウンター内にいない。奥に調理場があるらしく、そちらで軽食の調理をしているらしかった。

 俺はスマホ片手に息をつき、店内に流れる荘厳な音楽に耳を傾けた。

 これ、何の音楽なんだろう。俺、クラシックは全然分かんないんだけどそれにしては派手と言うか、ロック調な感じがするんだよな。

 なんかどこかで聞いたことあるような気がするけど、なんだろう。

 疑問に思うものの、この音楽が何なのか調べる方法が全くわからない。あとでマスターに聞いてみようかな。

 しばらくしてカウンター越しから声がかかり、バイト君がコースターと紺色の大きなマグカップを俺の前に置いた。


「お待たせいたしました。ショコラ・カデンツァです」


「あ、ありがとうございます」


 礼を言い、俺はマグカップを手にした。

 温かいチョコレートドリンクは、甘い匂いが漂ってくる。

 しばらくするとマスターが現れ、たまごサンドがのった白いお皿を俺の前に置いた。


「お待たせいたしました。たまごサンドでございます」


「ありがとうございます」


 たまごサンドは分厚いパンにたっぷりのたまごが挟まったものだった。これ、すごいボリュームありそう。


「すごい」


 思わず呟くと、カウンターの向こうでマスターが笑った。


「そうですね。うちのサンドウィッチはみんなそんな感じなんですよ」


 まじかよ、しかもウィンナーとカットキャベツが添えられているんだけど? 採算大丈夫かよ。

 そう思いつつ、俺は手を拭いた。

 そうだ、マスターが来たなら音楽のこと、聞いてみよう。


「あの、ひとつお聞きしたいんですが」


「はい、なんでしょうか」


 にこっと笑うマスターに、俺は上に視線を向けて言った。


「この流れている音楽、何ですか?」


「あぁ、これはゲームの曲ですよ」


 ゲームの、曲?

 思ってもみなかった答えに俺は思わず目を見開く。

 そうか、だから聞き覚えあったのか、これ、有名なロボットゲームの曲じゃね?


「聞き覚えがある気がしたんですけど、思い出しました、ありがとうございます」


「いいえ。ぱっと聞くとクラシックっぽく聞こえますよね。そういう音楽が好きなんですよ」


 そう笑って言ったあと、マスターはごゆっくり、と声をかけ去っていった。

 俺は、


「いただきます」


 と言ってサンドウィッチを掴んだ。

 かぶりつくとたまごが溢れ出て零れてしまう。すげー量だなまじで。

 これではサンドウィッチで腹いっぱいになりそうだ。

 食べつつ周りの様子をうかがうと、バイト君とマスターが和やかに話している様子が目に映った。

 いいなぁ……あんな風に喋れるの。俺、仕事しているときあんな顔したことあったかな。

 バイト募集の張り紙は、レジのそばに貼られたままだ。

 ってことは人手、足りてないんだろうな。

 色々とみて、時給千三百円は悪くないらしい。夜は時給があがるみたいだけど、夜なにやってんだろ?

 俺、早まったかな。もう少しちゃんと考えてからバイト、応募した方がよかったかな。

 店内の様子を見ながら俺は、言いようのない不安や焦りを感じていた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?