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第8話 その夜

 ちょっと早いけど寝よう。

 そう思い俺はスマホを持って立ち上がり、部屋を出て洗面所へと向かう。

 歯磨きをして戻ると、マグを持って部屋から出てきた想真とリビングで鉢合わせた。


「あぁ、俐月。歯磨きしてたの?」


「え? あ、うん。俺、想真の配信見たよ」


 そう言うと、彼はぱっと明るい顔になり俺の目の前まで来て言った。


「ほんと? ありがとう! もっと早くクリアーする予定だったんだけどねー。思ってたよりも難しかったよ」


「あの絵の女が迫って来るのまじ怖かった」


「あれ驚くよね。絵から手が飛び出してきたのもびっくりしたし」


 楽しそうに話す想真。

 さっきまで俺、こいつの配信をすぐ近くで見ていたんだよなぁ。なんか変な感じ。


「想真ってすごいんだなー。あんなたくさんの人たちが見てくれてるなんて」


「あはは、そうだね。見てくれる人がいるからやりがいあるし。まあ、見る人がいなくてもやるけどねー。ゲームは好きだから」


 そして想真はキッチンへと向かっていき、流しの水を出す。どうやらマグを洗っているらしい。


「俐月が見てくれるなら、定期的にやろうかな、生配信。俐月がいてくれると俺、安心できるんだよね」


 なんて言い、彼は俺に笑いかけてくる。

 その顔を見てなんだか恥ずかしくなって何を言っていいのかわからなくなり、あいまいに笑う。


「あぁ、うん。俺、先に寝るよ。おやすみ」


「わかった。おやすみ俐月、またあとで」


 そして彼は俺の目の前に来ると、俺の頭にぽん、と手を置いて配信部屋へと消えていった。

 なん、なんだ今の。なんであいつ、俺の頭に触ったんだ?

 首を傾げつつ俺は、寝室へと向かい、ベッドにもぐりこんだ。

 同期している想真のスケジュールを確認し、俺は欠伸をしてスマホを閉じ、目もとじた。

 夜中。

 俺は必ず目を覚ます。それは想真が俺を抱きしめてくるからだ。

 想真の吐息が近くで感じられて、ちょっと恥ずかしい。

 まさか男と一緒に寝る日が来るとは思わなかったよな。俺、そんな趣味ないんだけど。想真はどうなんだろう。そればっかりはなにもわからない。


「う……んン……あ……」


 呻きながらぎゅうっと俺を抱きしめて眠る想真。なんでこんな苦しそうに寝るんだろう。これじゃあ休まらないんじゃないかな。

 何か事情がありそうだけど、それを聞けてはいない。というかなんか聞いちゃいけない気がして聞いていない。

 何とか振り返り想真の顔を見ると、苦悶の表情を浮かべていた。


「い、やだ……」


 そう呻く想真に何ができるか考えそして、その頬に触れて俺は呟く。


「大丈夫だから」


 そんなので安心できるとは思えないけど、でも想真の表情から苦しさは消えていき、静かな寝息が続いた。

 よかった。とりあえず大丈夫みたい、かな。

 俺は大きな欠伸をして、毛布を被って目を閉じた。




 翌朝。

 俺は目覚ましなしで六時半に目が覚める。

 相変わらず想真が俺をぎゅうっと抱きしめているが、その腕から何とか逃げ、俺はベッドから這い出る。


「……やだぁ……」


 という、寝ぼけた声が聞こえ、ハッとして俺は想真を振り返る。だけど彼は寝息を立てて眠っているようだった。

 なんだったんだ、今の。

 不思議に思いつつも俺はベッドから離れ、寝室をでて洗面所へと向かった。

 俺が朝食の用意を終える頃想真が起きてくる。


「今日も朝食ありがとう。俐月が来てから毎朝楽しいよ」


 なんて笑顔で言われたら俺だって張り切ってしまう。

 今日の朝食はご飯とウィンナー、卵焼きとサラダに味噌汁だ。味噌汁はまだレトルトだけど、ちゃんと作れるようになりたいなぁ。


「マネージャーさん……篠宮さん、八時に迎え来るんでしょ? 間に合う?」


「大丈夫だよー。ご飯食べてシャワー浴びて着替えればピッタリじゃないかな」


 なんて言って笑う。

 篠宮アルトさんは想真のマネージャーで三十歳らしい。いつもスーツを着ていてびしっとして、オールバックに眼鏡をかけたモデルのような見た目の人だ。

 以前は篠宮さんにご飯を作ってもらったりしていたらしい。

 八時より少し前、迎えに来た篠宮さんは玄関に出た俺の顔を見るなりがしっと肩を掴んできて言った。


「ありがとう、俐月君。君が来てくれたおかげで本当に助かるよ」


「は、はぁ……」


 いったい何が助かるんだ? と思っていると、篠宮さんは早口で続けた。



「君のお陰で想真は朝ちゃんと起きるしご飯は食べるし、夜ちゃんと寝てくれるしで嬉しいよ本当に」


 いったいどんな生活していたんだよ。まあ、芸能人て夜中でも仕事あったりするっていうから生活が不規則になりがちだとは思うけど。


「人と一緒じゃないと眠れないからねー、俺」


 想真が言いながら、奥から姿を現す。


「最近、不眠症、大丈夫なようだな」


 篠宮さんの言葉に俺は目を見開いて想真を見た。不眠症? だから俺と一緒に寝るように言ったのか?


「だから俐月拾ってよかったよー。まあそこまで困っていたわけじゃないけど」


「俺は困るんだ。まったく、眠れないからって毎晩毎晩お前……」


 呆れたように言う篠宮さんの腕を想真は掴むと、笑いながら言った。


「はいはい。早く行こう、篠宮さん」


 そして想真は篠宮さんを引っ張っていく。


「じゃあね、俐月。行ってくるよ」


「あぁ、いってらっしゃい」


 俺は想真と、引っ張られていく篠宮さんの背中を見送った後、玄関のドアを閉めて鍵をかけた。

 想真、不眠症だったのか。人と一緒じゃないと眠れないって、どういう事なんだろう? いったい何があったんだ?

 あいつ、何か闇抱えてるのかなぁ。ふだんは明るくってそんな感じしないけど。




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