「それで、ハローワークはどうだったの?」
想真の問に、俺は内心びくん、として目を見開き、彼をじっと見た。
「え、あ、えーと……」
思わず視線が泳いでしまうのは、何も収穫がなかったからだ。
何をしたらいいのかわからないし、何がしたいのかもわからない。
学生の時飲食で働いていたことあるからそっち系? でもハズレひいたら嫌だしなぁ……
どうしても甦る、パワハラの思い出。理不尽な上司の言葉が耳の奥で響いてしまう。
『お前のかわりはいくらでもいる』
『昔は殴ってでも言うことを聞かせてきた』
その声を思い出すと胸が痛くなってくる。
いや、あんなの思い出とか呼びたくもない。
ごちゃごちゃっと考えていると、肩を叩かれた気がして顔を上げた。
すると、身を乗り出した想真の心配げな顔が目の前にあった。
「大丈夫?」
いや、顔近すぎるだろ?
驚き思わず顔をひき、ぶんぶんと首を縦に振って俺は答えた。
「だ、大丈夫だよ。どんな仕事がいいのかわかんなくてさー」
言いながら俺はへらへらと笑う。
「どんな仕事かぁ」
言いながら想真は椅子に戻っていく。
あーびっくりした。いきなり迫ってくるのまじでやめてほしい。
「色々あるよね、仕事って」
「そうそう。そうなんだけど何したらいいかわかんなくなっちゃって」
俺、何したらいいんだろうなぁ。
「ゆっくり考えなよ。君ひとり養う位の稼ぎはあるし。俺としてはご飯も用意してもらえてすごく嬉しいから」
そう言って微笑まれると、同性なのにすげードキドキするんだけど?
俺はなぜか顔が真っ赤になるのを感じながら、
「で、でもほら、そんな世話になるわけにはいかねえし、とりあえずバイトから始めてみるよ、うん」
と答え、コップを手にしてお茶を飲んだ。
落ち着け俺。目の前にいるのは男、なんだから。
「まあ、俺は土日も朝も夜もあんまり関係ない仕事しているけど、朝食だけは用意してほしいからそれだけはよろしくね」
つまりそれを考慮して仕事を探せって事か。
うーん、そうなると日中だけの仕事とかがいいのかなぁ。
夜は一緒に寝ないとだし。じゃあどんな仕事あるだろう。また後で検索してみよう。
そう決めて、俺はメシを食べた。
夕食の後は片づけをして、想真のためにお茶を用意する。
「お菓子買って来ておいてくれてありがとう、俐月。配信のお供にするよ」
嬉しそうに言い、想真はお菓子が入った棚を物色している。
「ほら、マグにお茶いれたぞ」
「ありがとう。俺、配信の準備あるから行くね」
そう言って、彼はお菓子とマグを抱えて私室へと向かう。
ゲーム配信はそれ用の部屋でやるので寝室とは別だ。その間邪魔にならないよう、風呂に入って私室にこもる。
想真の配信、九時からだって言っていたっけ。
せっかくだから見てみよう。
今、時間は七時半。まだ時間あるなぁ。
俺は、ノートパソコンを開いて動画サイトを出しておいて、ベッドに寝転がってスマホでバイトを調べた。
とりあえず、週三日くらいで日中働けるやつっていうと、ランチタイムとかコンビニかなぁ。駅周辺の飲食店に応募して、俺はスマホで動画を見つつ想真の配信が始まるのを待った。
『……はい、皆さんこんばんはー。えーと、大丈夫かな?』
ノートパソコンの画面の中で、ヘッドセットをした蒼真が喋っている。
すると、チャット欄に文字がぶわーっとでてきた。
『こんばんはー!』
『映ってまーす、大丈夫ですよー!』
といった文字がすごい勢いで流れていく。
今、二千人くらいがこの配信を見ているらしい。でもその数字はどんどん増えていく。
『今日は、最近流行っている間違い探し系のホラーゲーム「歪んだ美術館 -Twisted Gallery-」をやりたいと思います』
そういえばそんな事言っていたっけ。
俺、そのゲーム知らなかったけど、動画サイト見てたらお勧めにそのゲームの実況動画がいろいろ出てきたからネタバレ踏まないようにしたんだよな。
主人公は美術館の廊下を歩きながら不気味に変化する絵画の異変を探す、というゲームだ。失敗すると絵の中に飲み込まれてしまうらしい。
想真の顔がワイプになり、ゲーム画面が大きくなる。
夕闇に佇む美術館を背景に、ゲームのタイトルが大きく映った。音楽も神秘的だけどちょっと怖い感じで、見ているだけなのにドキドキしてくる。
スタートするとすぐに美術館の中の場面になり、まっすぐに続く廊下が映った。
赤いじゅうたんに、両方の壁にかかる絵画たち。天井は白く、照明がところどころについている。
そして、右側にある一枚目の絵には数字が描かれていた。今はゼロだ。
『この数字が九になれば外に出られるんだね。異変があったら戻って、何もなければ進む。もし、間違っていたらカウントはゼロに戻る……ちゃんと見つかるかなぁ』
と言い、想真が笑う。
なんか変な気分だな。この配信、そこの部屋でやってるんだよな?
このゲーム、最初はなんの異変もないらしく、通路を抜けると最初の地点に戻される。
そして廊下に異変がないか確認しながら進んで行く。
何でだ、見ているこっちがドキドキするのは。
絵は全部で九枚。どの絵もどこか怖い雰囲気で見ていて不安になってくる。一枚は綺麗な女性の絵なのに背景が灰色がかっていてどこか怖いし、一枚は夕闇の中に佇む黒い家に黒い木が描かれている。
想真は一枚いちまい絵を確認して廊下を進んで行く。
何回目かのループする廊下を歩いていると、突然、ずる……ずる……という音が聞こえてきた。
『……? なに、今の音』
と、想真が言った時だった。廊下の真ん中辺りにある絵の中から女性が飛び出してきて、こちらに向かってきた
『うわぁ!』
「おわっ!」
画面の中で想真が叫び、俺も思わず声を上げる。
というのもその女は目が黒く塗りつぶされていて、赤い涙を流していたからだ。その顔が急に迫って来たかと思うと画面いっぱいに女の顔が映し出され、笑い声が響き渡り画面が真っ暗になった。
『あはははは。こ、こわっ!』
笑いながら想真が言っているけど笑えねえよ、こええよ今の。あー、ドキドキする。
見ればチャット欄にも悲鳴が溢れ返っている。そうだよな、こええよな、今の。その中で投げ銭が投げられたのが表示され、想真が礼を言った。
『マーモさん投げ銭ありがとうございます』
あー、名前呼ぶんだ。これ、嬉しいだろうな。
そのままゲームの配信は続き、単純なゲームでありながら一時間以上、プレイしていた。
難しいなこれ。
絵から飛び出してきた女から逃げて戻るの、ハードル高すぎだろ?
あの後も三回、その異変が起きたものの女から逃げることができず、捕まってしまいカウントゼロに戻されていた。
『あー、もっと早くクリアできるかと思ったんだけど、けっこう時間かかっちゃった。今十時半かな。見てくれた皆さん、ありがとうございました。じゃあ、またね』
笑顔で手を振った姿が映った後、配信が終わる。
チャット欄には色んな言葉が溢れ、想真のファンの多さを思い知った。
すっごいんだな、あいつ。
自分の好きなことやって投げ銭もらって金稼いで。
そして俺は自分の手のひらを見つめる。
俺、何ができるんだろう。いや、何がしたいんだ?