十時過ぎ、ハローワークに来ていた。
想真のマンションは駅から歩いて十分ほどで、ハローワークは駅の反対側にある。
駅からバスに乗ってたどり着いたハローワークは、何ともいえない異様な感じがした。
色んな年代の人がいて、スタッフの人と真剣な顔で話しこんでいる人もいる。
ハローワークで求職者登録をし、仕事の検索をする。
でも何がいいのか全然わからない。
またあんな目にあったら嫌だし、と思うと手が震えてしまう。
ならバイトがいいかな……学生の時、飲食のバイトやっていたし。
ハローワークの人に、第二新卒者向けの就職相談会のことも教えてもらい、そこを後にした。
あーあ……冷たい秋風が身に沁みる。
このままあいつに面倒見てもらうわけにもいかないしな。
家に帰っても鬱になりそうだから、どこか店に入って求人サイトでも見るかぁ……
そう思い俺は、駅前へと向かった。
今日は金曜日。
平日の日中なのでさすがに人通りは多くはない。
だけど、駅にあるチェーンのカフェはなんだかキラキラしていて入れず、俺は駅を離れマンションまでの道を歩く。
これじゃあこのまま家に帰ることになるじゃねえか。それも嫌だなぁ……
でもこんな住宅街になんか店なんて……あれ?
俺は商店街と住宅街の境目にあるその建物に目を止めた。
淡いクリーム色の外装。二階建ての大きな家だ。三台ほど車が停められる駐車スペースに二台、車が停まっている。
窓は大きくて、ダークブラウンの木枠でレースのカーテンの隙間から店内の隙間が見て取れた。
店、だろう。
入り口の前に看板が出ていて、筆記体で「カフェ・セレナーデ」と書かれている。こんなところにカフェなんてあったんだ。
家に帰っても鬱々するだけだろう、と思った俺は惹かれるように入り口のドアへと近づく。両開きのドアのノブに手をかけて、ゆっくりと開くとカラン……と、鐘が響いた。
「いらっしゃいませ」
カウンターから落ち着いた大人の男性の声がかかる。
みると、そこには焦げ茶色の長髪を後ろで縛った、黒縁眼鏡の青年がそこに立っていた。
青年、って言ったけど三十歳前後かな。イマイチ年齢が掴みづらい。
彼はニコニコと笑い、
「お好きな席にどうぞ」
と言った。
お好きな席。
カウンターは五つ。それにひとり用ソファーが置かれた席が四つに四人用のテーブルが三つある。
ソファー席はどれも窓際にあって、外の景色が良く見えるようになっていた。
カウンターにふたり、ソファー席にひとり、グループ席にはふたり腰かけている。
店内にはオルガンみたいな音楽が響いていて、ちょっと大人の落ち着いた雰囲気が流れている。
なんか俺……場違いだったかも。
そう思いつつも、俺はせっかく中に入ったし、と思い、ふかふかのソファーが置かれた席に向かった。
テーブルにある、A五サイズの冊子のメニューを開くと、コーヒーや紅茶のメニューが並ぶ。それにワッフルとケーキもある。
写真みるとどれもおいしそうだなぁ。
時間は十一時半近く。昼飯には早い。
サンドウィッチみたいな軽食もあるけどどうしよう。
悩んでいると、
「どうぞ」
と、店員さんがお水とおしぼりを持って来てくれた。
「あ、ありがとうございます」
礼を言い、俺はおしぼりを手にする。
うわぁ、あったけー。思わずニコニコしていると、店員さんが言った。
「お悩みですか?」
「あ、はい。コーヒーもいいし、紅茶もおいしそうだなと」
言いながら俺はメニューに目を落とす。
セレナーデブレンド、クラシカルカフェラテ、モカシンフォニー。クラシックにまつわる名前がついてるな、これ。
ロイヤルオペラミルクティー、ハブティーラプソディ……どうしよう。やっぱコーヒーかな。
「そうですね、甘いカフェラテはいかがですか? 気持ちを落ち着かせてくれますよ」
そう言われ、俺は言われるがままにカフェラテを頼む。それにワッフルをお願いして俺はメニューを閉じた。
「かしこまりました」
と言い、彼は去っていく。
一息ついた俺は、深く息をついて外を見た。
紅葉にそまる小さな庭と、その向こうに俺たちが住むマンションが見える。
音楽は何だろう。重厚な感じのクラシック、かな。これオルガンの音だと思うけど、俺、クラシック、詳しくないしな……
店内を見回すと、ひとり客は皆、本を読んでいるようだった。
ふたり組の客は中年くらいの女性で、静かにおしゃべりをしているようだ。
何を話しているかまでは聞こえないけれど、楽しそうに話をしているのは様子からしてわかる。
こんな店、あったんだな。普段は車で買い物行くだけだし、歩くとしても駅の方には行かないから気が付かなかった。
スマホで求人情報をみつつ、飲み物とワッフルを待っていると、テーブルの横に人が立ったのに気が付き、顔を上げた。
「お待たせいたしました、カフェオレとワッフルです」
そして俺の前にまず、ワッフルのお皿が置かれる。
白く丸いお皿の上に四角いワッフルが二枚。それにたっぷりの生クリームと、別でシロップの入った白い容器が置かれる。
うわ、うまそう。
俺、甘いの好きなんだよな……でも、忙しくて全然こういう店、行けなくて、かなり食べるの久しぶりだ。
そして置かれたカフェオレの容器に、俺は目が点になった。
紺色の、大き目な陶器の器。これ、どんぶり? っていうか大き目なお茶碗かな。そこになみなみと入っている乳白色の飲み物。これ、カフェオレなんだ。
そして角砂糖がのった容器が置かれ、
「ごゆっくりお過ごしください」
との声がかかり、店員さんが去っていく。
俺はカフェオレに砂糖を放り込み、スプーンでかき混ぜた後それを両手で抱えて口に運んだ。
うーん、甘くておいしい。
ボウルを置いて、俺はワッフルにシロップをたっぷりかけた。
やべえ、ライトに反射してシロップがキラキラしている。
俺はフォークを手にしてワッフルを切り、生クリームをたっぷりつけて口に運んだ。
外側サクサクしてて超美味しい。うわぁ、幸せ。
ワッフル七百円でちょっと贅沢しすぎかなと思ったけど、今の俺に必要なのは癒しだ。
求人サイトを見ても、何をしたらいいのか全然分かんない。
したいことも思いつかないし、何ができるかもわからない。
再就職するよりもやっぱりバイトからの方がいいのかなぁ。第二新卒向けの説明会も興味はあるけど、どうしよう。
なし崩し的に、想真のお世話になってるけれど、それがいいことだとは思わねえしなぁ……
いつか出て行かないと。
あー……考えているとわけわかんなくなる。今は考えるのやめよ。
夕食、どうしよっかな。惣菜でもいいって言ってたし。マンションついたら車出して、スーパー行ってくるか。
そんなこと考えつつ、俺はサクフワなワッフルに癒された。