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第5話 仕事を探そう

 十時過ぎ、ハローワークに来ていた。

 想真のマンションは駅から歩いて十分ほどで、ハローワークは駅の反対側にある。

 駅からバスに乗ってたどり着いたハローワークは、何ともいえない異様な感じがした。

 色んな年代の人がいて、スタッフの人と真剣な顔で話しこんでいる人もいる。

 ハローワークで求職者登録をし、仕事の検索をする。

 でも何がいいのか全然わからない。

 またあんな目にあったら嫌だし、と思うと手が震えてしまう。

 ならバイトがいいかな……学生の時、飲食のバイトやっていたし。

 ハローワークの人に、第二新卒者向けの就職相談会のことも教えてもらい、そこを後にした。

 あーあ……冷たい秋風が身に沁みる。

 このままあいつに面倒見てもらうわけにもいかないしな。

 家に帰っても鬱になりそうだから、どこか店に入って求人サイトでも見るかぁ……

 そう思い俺は、駅前へと向かった。

 今日は金曜日。

 平日の日中なのでさすがに人通りは多くはない。

 だけど、駅にあるチェーンのカフェはなんだかキラキラしていて入れず、俺は駅を離れマンションまでの道を歩く。

 これじゃあこのまま家に帰ることになるじゃねえか。それも嫌だなぁ……

 でもこんな住宅街になんか店なんて……あれ?

 俺は商店街と住宅街の境目にあるその建物に目を止めた。

 淡いクリーム色の外装。二階建ての大きな家だ。三台ほど車が停められる駐車スペースに二台、車が停まっている。

 窓は大きくて、ダークブラウンの木枠でレースのカーテンの隙間から店内の隙間が見て取れた。

 店、だろう。

 入り口の前に看板が出ていて、筆記体で「カフェ・セレナーデ」と書かれている。こんなところにカフェなんてあったんだ。

 家に帰っても鬱々するだけだろう、と思った俺は惹かれるように入り口のドアへと近づく。両開きのドアのノブに手をかけて、ゆっくりと開くとカラン……と、鐘が響いた。


「いらっしゃいませ」


 カウンターから落ち着いた大人の男性の声がかかる。

 みると、そこには焦げ茶色の長髪を後ろで縛った、黒縁眼鏡の青年がそこに立っていた。

 青年、って言ったけど三十歳前後かな。イマイチ年齢が掴みづらい。

 彼はニコニコと笑い、


「お好きな席にどうぞ」


 と言った。

 お好きな席。

 カウンターは五つ。それにひとり用ソファーが置かれた席が四つに四人用のテーブルが三つある。

 ソファー席はどれも窓際にあって、外の景色が良く見えるようになっていた。

 カウンターにふたり、ソファー席にひとり、グループ席にはふたり腰かけている。

 店内にはオルガンみたいな音楽が響いていて、ちょっと大人の落ち着いた雰囲気が流れている。

 なんか俺……場違いだったかも。

 そう思いつつも、俺はせっかく中に入ったし、と思い、ふかふかのソファーが置かれた席に向かった。

 テーブルにある、A五サイズの冊子のメニューを開くと、コーヒーや紅茶のメニューが並ぶ。それにワッフルとケーキもある。

 写真みるとどれもおいしそうだなぁ。

 時間は十一時半近く。昼飯には早い。

 サンドウィッチみたいな軽食もあるけどどうしよう。

 悩んでいると、


「どうぞ」


 と、店員さんがお水とおしぼりを持って来てくれた。


「あ、ありがとうございます」


 礼を言い、俺はおしぼりを手にする。

 うわぁ、あったけー。思わずニコニコしていると、店員さんが言った。


「お悩みですか?」


「あ、はい。コーヒーもいいし、紅茶もおいしそうだなと」


 言いながら俺はメニューに目を落とす。

 セレナーデブレンド、クラシカルカフェラテ、モカシンフォニー。クラシックにまつわる名前がついてるな、これ。

 ロイヤルオペラミルクティー、ハブティーラプソディ……どうしよう。やっぱコーヒーかな。


「そうですね、甘いカフェラテはいかがですか? 気持ちを落ち着かせてくれますよ」


 そう言われ、俺は言われるがままにカフェラテを頼む。それにワッフルをお願いして俺はメニューを閉じた。


「かしこまりました」


 と言い、彼は去っていく。

 一息ついた俺は、深く息をついて外を見た。

 紅葉にそまる小さな庭と、その向こうに俺たちが住むマンションが見える。

 音楽は何だろう。重厚な感じのクラシック、かな。これオルガンの音だと思うけど、俺、クラシック、詳しくないしな……

 店内を見回すと、ひとり客は皆、本を読んでいるようだった。

 ふたり組の客は中年くらいの女性で、静かにおしゃべりをしているようだ。

 何を話しているかまでは聞こえないけれど、楽しそうに話をしているのは様子からしてわかる。

 こんな店、あったんだな。普段は車で買い物行くだけだし、歩くとしても駅の方には行かないから気が付かなかった。

 スマホで求人情報をみつつ、飲み物とワッフルを待っていると、テーブルの横に人が立ったのに気が付き、顔を上げた。


「お待たせいたしました、カフェオレとワッフルです」


 そして俺の前にまず、ワッフルのお皿が置かれる。

 白く丸いお皿の上に四角いワッフルが二枚。それにたっぷりの生クリームと、別でシロップの入った白い容器が置かれる。

 うわ、うまそう。

 俺、甘いの好きなんだよな……でも、忙しくて全然こういう店、行けなくて、かなり食べるの久しぶりだ。

 そして置かれたカフェオレの容器に、俺は目が点になった。

 紺色の、大き目な陶器の器。これ、どんぶり? っていうか大き目なお茶碗かな。そこになみなみと入っている乳白色の飲み物。これ、カフェオレなんだ。

 そして角砂糖がのった容器が置かれ、


「ごゆっくりお過ごしください」


 との声がかかり、店員さんが去っていく。

 俺はカフェオレに砂糖を放り込み、スプーンでかき混ぜた後それを両手で抱えて口に運んだ。

 うーん、甘くておいしい。

 ボウルを置いて、俺はワッフルにシロップをたっぷりかけた。

 やべえ、ライトに反射してシロップがキラキラしている。

 俺はフォークを手にしてワッフルを切り、生クリームをたっぷりつけて口に運んだ。

 外側サクサクしてて超美味しい。うわぁ、幸せ。

 ワッフル七百円でちょっと贅沢しすぎかなと思ったけど、今の俺に必要なのは癒しだ。

 求人サイトを見ても、何をしたらいいのか全然分かんない。

 したいことも思いつかないし、何ができるかもわからない。

 再就職するよりもやっぱりバイトからの方がいいのかなぁ。第二新卒向けの説明会も興味はあるけど、どうしよう。

 なし崩し的に、想真のお世話になってるけれど、それがいいことだとは思わねえしなぁ……

 いつか出て行かないと。

 あー……考えているとわけわかんなくなる。今は考えるのやめよ。

 夕食、どうしよっかな。惣菜でもいいって言ってたし。マンションついたら車出して、スーパー行ってくるか。

 そんなこと考えつつ、俺はサクフワなワッフルに癒された。


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