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第3話 同居

 中辻想真の家は三LDKのマンションだ。

 俺は運び込まれた荷物の荷解きをしながら、この怒涛の数日間について考えていた。

 ほんとに想真のマンションに住むことになるとか信じらんねぇよ……

 それもこれも部長のせいだ。

 あの後、人事部長から電話がきてがなりたてられたうえ、すぐに荷物をまとめてアパートを出るように言われた。

 なんでも次の入居予定者がいるらしい。


「そ、そんな事言われても……」


『辞める、と決めたからには引越し先くらい準備してるんだろ?』


 と言われ、俺は黙り込んでしまった。

 まあ、普通ならちゃんと引越しの準備をしていただろう。

 でも俺は勢いで、辞める、と辞表を叩きつけて会社を出てきてしまった。だから次に住む家なんて決めているわけがない。

 実家に戻るにしても親に仕事をやめた、なんて言えないし金もかかる。それでけっきょく想真のお世話になることにした。

 ここからアパートが近いおかげでたいした費用もかからなくてすんだものの、先行きは不安だった。

 想真が言った、俺にできること。


「一緒に寝ること」


 て言葉が耳から離れない。

 寝るって、いくつか意味があるよな……

 あいつ、冗談だ、て言ってたけど怪しいんだよなぁ……

 妙に張り付いてくるし。

 知らない相手と寝てる、みたいなこと言ってたし。

 寝る、てそういうことだよな……?

 今、あいつは仕事でいない。

 なんかドラマの撮影があるらしい。

 今やってる、夜のドラマに出てる、て言っていた。

 スマホで調べてみたら想真はまあまあ有名な俳優らしく、けっこうドラマに出てるみたいだった。

 それよりもゲームが好きらしく、ゲームの配信をよくやっていてそっちのほうが有名っぽかった。


「登録者80万なんてやつ、ほんとにいるんだなぁ……」


 てことは収益化してるんだよな?

 動画配信てもうかるんかな。

 そんなことを考えつつ、俺は適当な動画を流しながら荷物を出していた。

 俺が使う予定の部屋は六畳ちょっと部屋だ。

 大きなクローゼットもついてて、元のアパートより広く感じる。

 荷解き、と言っても大して物はなく、服とわずかな本、ノートパソコンくらいだ。電子レンジや洗濯機、冷蔵庫は売って処分した。

 すぐに荷解きは終わり、俺はベッドに座ってノートパソコンを開いた。

 教えてもらったWi−Fiのパスワードを設定し、ブラウザを開く。

 調べるのは仕事だ。

 辞めたはいいものの、お先真っ暗だ。

 いつまでも知らねーやつの世話になるわけにもいかないし、俺の貞操が危ない。

 仕事なんてなんでもいい、と思うけど、何でもよくないんだよなぁ……

 接客、工場……あれ、この会社、学生のときバイト探しでよくみかけたところじゃねぇか。

 こういう、しょっちゅう人、募集してるところはやばげだよなぁ……

 ハローワークって行ったほうがいいのか? でも失業保険はもらえないしな。

 半年しか働いてねぇし……

 あー、先が暗い。

 そう思ってため息をつく。

 ここで暮らすうえ交わした、想真との約束は家事をすることと、同じ部屋で寝ること、だった。

 俺に拒否権などはなくしぶしぶ了承したけど……なんで男同士で一緒に寝なくちゃいけねぇんだよ?

 そのためにあいつ、ベッドを買い替えやがった。

 かなりでかい、キングサイズのベッドに。普通そこまでやるか?


「だってー、一緒に寝たいじゃん?」


 なんてことを笑いながら言ってて、本気なのか冗談なのか全然わかんなかった。

 つうかあいつ、帰り不規則じゃねぇのかよ?

 今夜は帰り、遅くなるから勝手に食べて寝ているように言われた。

 平日の昼間。

 約束の家事をひと通りこなして洗濯物をとりこみ、全部畳んであいつの寝室に置いてくる。

 俺、今日からここで寝るのか……

 十畳ちょっとはあるだろう、広い寝室に置かれた大きなベッド。

 灰色を基調としたカバーリングで落ち着いた雰囲気だ。

 物は少なくて、寝るためだけの部屋、て感じだった。

 とりあえず今日の夕飯、どうすっかなぁ……

 冷蔵庫の中身をてきとうに食べていい、と言われたものの、たいしてものは入ってなくて、しかたなく買い物に行くことにした。

 朝めしのことも考えねぇとなぁ……

 あー、明日から俺、どうやって生きていこう……




 ひとり分の夕食なんて作るのは面倒で、弁当を買ってきてすませ、十時にはベッドに転がった。

 ベッドはもちろん想真の部屋の想真のベッドだ。この部屋は俺の部屋よりだいぶ広い。だからキングサイズのベッドを置いてもそこまで圧迫感はなかった。

 寝転がってもなんだか寝付けなくて、何度も何度も寝返りを繰り返す。

 なんか落ち着かない……この感じは何に近いだろう。修学旅行のときとは違うしなぁ。

 想真が何時に帰ってくるのかわかんねぇけど、あいつと一緒に寝て大丈夫なのか?

 あー、自分の部屋に戻るかなぁ?

 でもそんなことしたらあいつ、俺のベッド、処分しかねねぇしなあ……

 そんなことを考えているうちに、引っ越しの疲れのせいか俺は思ったよりも早く眠りに落ちていった。

 物音がして、うっすらと目を開ける。誰かに抱きしめられているのに気が付き、俺は身をよじった。

 ん……誰だよいったい。なんか重いんだけど?

 ゆっくりと目を開けて、俺は自分を抱きしめる人物を見た。

 暗闇の中に浮かぶ、きれいな男の顔……あぁそうか、俺、知らないヤツに拾われたんだった。

 それで俺、俳優を名乗るこいつと暮らすことになったんだった。意識が覚醒して、俺は想真の顔を見た。

 なんでこいつ、俺と一緒に寝たがるんだ? そこが理解できねえんだよ。俺はただの男だぞ。女抱いて寝たいならわかるんだけどなぁ。


「ん……」


 想真がうなりそして、うっすらと目が開く。

 彼は俺の方をじーっと見るとなおさら俺を抱きしめる腕に力をこめていきた。


「ちょ……苦しい……」


 なんなんだよこいつ。

 男なんて抱きしめて寝て何がいいんだ?

 さすがに起こしたら悪いので俺は動くのを我慢して目を閉じる。

 寝よ。

 とりあえずこれからのこととか考えねえと。

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