あー、なんか身体中がいてえ……
何だよ俺、いったい何があったんだ?
えーと……俺は……
それでひとりで飲みに行って、しこたま酒を飲んだんだ。その帰りにえーと……だめだ頭が働かねえ。
目を開いてみると、明るい茶髪の男が金髪の男を殴り倒していた。
「うぅ……」
呻き声をあげながらなんとか上半身を起こして見ると、男たちが数人、地面に転がっているのが見える。
何だよこれ、何があったんだ?
困惑してると、うずくまっていた男たちはよろよろと立ち上がり、
「覚えてろ!」
なんていう捨て台詞を残し、ふらふらと去っていく。
「いちいち覚えてられるかよ」
茶髪男は笑いながら言い、こちらを振り向いた。
一重の鋭い瞳、スラッとした、きれいな顔した男だった。なんか見たことあるような気がするけど……誰だ?
茶髪男は俺のそばにくると、座り込み、俺の顔を覗いて言った。
「あんた大丈夫? ふつーのサラリーマンが半グレとケンカするなんて無謀だよ」
半グレ……? ケンカ……?
おぼろげながらも、何があったのか思い出す。あぁそうだ……俺、今日仕事を辞めて飲みに行って、そのあと公園で休んでたらなんか絡まれたんだ。
茶髪男は俺に手を差し出して言った。
「立てる?」
「え? あ、あ、ありがとう」
礼を言い、俺は男の手を掴む。
なんとか立ち上がったものの、すぐにふらついてしまい俺は男にしがみついた。
どうやら俺、あいつらに殴られたらしく腹や顔が痛い。全身の痛みが鈍い熱となってじわじわと広がっているみたいだ。
就職して半年。パワハラにあって今日、辞表を叩きつけたってのについてないな、俺……
「あんた大丈夫? ふらふらじゃん? 見た感じ会社員ぽいけど」
「違うよ」
「え?」
「今日仕事、辞めてきたから」
そう答えて俺は、斜め掛けにしたビジネスバッグに視線を向ける。
会社に行くときに使っているビジネスバッグ。これ、死んだじいちゃんが買ってくれたんだよなぁ……
あーあ、せっかく就職したのにな……
そう思ったら情けなくなってくる。
耳の奥で響く上司の罵声。思い出すだけで胃が痛くなってくる。あー、酒飲んで忘れようと思っていたのに……
俺は男にしがみついたまま、大きく息を吐く。
「お、おい、大丈夫?」
大丈夫じゃない。あー、やばい、意識とびそう。
俺は男に抱き着いたままゆっくりと目を閉じた。
夢の中で俺は会社にいた。
何言ってるのかわからないけど、上司がねちねちとなんか言っているのはわかる。
毎日残業して仕事して、家に帰って寝るだけの生活を続けていた。なんであいつが俺を標的にしていたのかわからない。後々知ったが、どうやらあの上司は必ず誰かを標的にしてあら捜しをするようなヤツだったらしい。
その標的に、俺はなってしまった。きっかけなんてわからない。ただ、何かが気に入らなかっただけだろう。その「何か」なんてどうでもいいんだ。
直接何か言われることもあれば、朝礼で誰とわかるように嫌味を言われることもあった。
そんな毎日に耐えかねて俺は今日、辞表を叩きつけて仕事を辞めたんだ。
なのになんでこんな夢見るんだよ。
夢の中まで苦しみたくないよ。あー、忘れたいのに。起きろ、俺。
そしてゆっくりと目を覚ますと、知らない男の顔が視界に映った。
って、誰? 誰だよおい。驚いて身体を動かそうとするけど、なんか抱きしめられているみたいで動けない。
俺は諦めて昨日のことを思い出す。
えーと……そうだ、昨日飲みに行ったあと公園でカツアゲにあってそれで……殴られたりしたんだった。
あー、俺、ついてない。パワハラにあって仕事辞めるわ、カツアゲにあうわ、ろくなもんじゃねえな……つうか、身体いてぇし……
それでどうしたんだっけ……あぁ、そうだ。カツアゲにあったとき知らない男に助けられたんだ。
そこで俺は改めて俺を抱きしめる男を見る。
明るい茶髪の、男の俺から見ても顔がきれいな男だった。なんで俺、こんな男に抱きしめられてんだ?
そして俺はそこで気が付く。俺、服着てなくね?
驚いて布団をまくって自分の身体を見ると、トランクスだけはいている状態だった。なんで俺、服ぬがされてんだ?
まさかこいつ……嫌な予感があまたの中をよぎる。でもそんなことあるか? いいや……でも……
戸惑っていると男が呻り声を上げた。
「うーん……」
髪と同じ、明るい茶色の瞳と目が合う。
男はにこっと笑って言った。
「おはよう」
「え? あ、あぁ……お、おはよう……」
「あー……今何時?」
眠そうな声で言い、男は身体を起こしてベッドヘッドに置いてある目覚まし時計を見る。
「……まだ六時じゃん? あんた、早起きだね」
そして彼は大きな欠伸をした。それは習慣ってやつだろう。
六時に起きて、七時に家を出て早く会社に行っていたから。
でももうその必要、ないんだよな……
そうだ俺、会社所有のアパートに住んでるんだった……辞めたとなると俺、アパートを出ないといけないんだよな。猶予は一か月、なはず。
そのことを思い出して、血の気が引く音が聞こえてくる。
やっべぇ、どうしよう……そこまで考えてなかった。住む場所、どうすんだよ……
俺の表情の変化に気がついたのか、男は笑いながら言った。
「あんた、表情がころころ変わってるけど、どうしたの」
「え? あ、い、いや……」
名前も知らないやつに話してもしかたないと思い、俺は黙り込む。
「あ、あの……ここどこ?」
「え? あぁ、ここは俺のマンションだよ。あんた、俺にしがみついたまま倒れちゃって、どうしようって思ってとりあえず連れて帰ってきたんだよね。寝てるだけみたいだったし」
あ、俺、寝てたの……?
それはそれで恥ずかしい。しかも男にしがみついてとか……
「す、すみません……」
「べつにいいよ。俺、
「あ、えーと……新谷俐月」
「あんた、サラリーマンだったんでしょ? ケンカなれしてないだろうに半グレとやり合ってたから思わず止めに入っちゃったよ」
やり合うって……俺、殴り返したりしてたの? そんなことあったか?
言われて昨日のことを思い出そうもするけど、どうもぼんやりしている。
「あんた、仕事ないんでしょ? 俺、午後からだからもう少しねていよーよー」
なんて言って、中辻さんは俺をぎゅうっと抱きしめてくる。なんなんだこいつ、距離感おかしくね?
「ちょ……ろ、ろくに知らない相手と一緒に寝るとか何考えて……」
「え? あ、言われてみればそうかも。知らない人と寝るのあんまり気にしたことないから気が付かなかったよ」
そう言いながら、中辻さんは俺を離してはくれなかった。