朝食中いきなり乗り込んできた、その少女。
黄金色の長いツィンテール髪、つり目ぎみの大きな瞳でどこか品のある美少女。
ぱっと見は庶民風の格好だが、やたら小綺麗で優雅な出で立ち。
一般人とは思えない異様なオーラを放っている。
それもその筈。
彼女は――ティファ・フォン・ルミリオ。
ルミリオ王国の王女様だ。
てか何で彼女が俺を訪ねにくるの?
何気に『アルフレッド様』とか呼ばれたんですけど……。
「キ、キミはいつしか町で助けた……」
「まぁ、アルフレッド様ぁ覚えておられたのですね! 感激ですわぁ!」
忘れるかよ。
原作じゃ主人公ローグに惚れて持ち上げまくる最強のパトロンにして、俺ことアルフレッドにざまぁしてルミリオ王国から追い出した元凶じゃねぇか。
俺はこの子と接点を持ちたくなかったから、あの時名乗らずにとっとと立ち去ったってのに、どうして名前を知っているんだよ!
あっ、そういやローグと追い払った男達がもろ俺の名前とパーティ名を叫んでいたっけ。
まさか彼女に覚えられていたとは……。
「アルフ、誰だ? この朝から糞やかましいネェちゃんは?」
ガイゼンってば口悪いわ。
彼女にあんま無礼ぶっこいたら首ちょんぱされるぞ。
いやガチで……原作のアルフレッドがもろそうだったからな。
「数ヶ月前、街で冒険者達に絡まれているところを助けたんだ……えっと、キミの名前は(超知っているけど)?」
「自己紹介が遅れました。わたくしティファと申しますわ。アルフレッド様、以後お見知りおきを」
「……ティファ
「あの時のお礼を伝えたくて、ずっと探しておりましたの」
「え? 助けてから? もう何ヶ月も前じゃないか……」
「はい。中々、お城……いえ屋敷から抜け出せなくて……それに伝手もありませんでしたので、貴方様のお名前とパーティ名などの情報を下に街の庶民達……いいえ皆様からお聞きして、アルフレッド様のことを知ることができました。慈善事業に精力的に励まれ、わたくしが信じた通りのお方……知れば知るほど素敵なお方ですわぁ!」
所々の台詞で王女様ワードが出ているけどな。
そうそう城から抜け出せる身分じゃない点は頷ける。
限られた時間のお忍びで、特に頼れる相手もなくひたすら俺を探しまくっていたってわけか?
すると、ティファは俺に向けて深々と頭を下げて見せる。
「アルフレッド様、あの時は本当にありがとうございます。わたくし御恩は一生わすれませんわ」
いや忘れていいよ。だって関りたくねーし。
などとは言えないか……ちょっと健気で感動したぞ。
悪役キャラの俺としては、ただ闇雲に主人公を肯定して祀り上げる鬱陶しいだけのお姫様だと思っていたけど、こうして関り方が一変すると案外いい子かもしれない。
「ティファさん、どうか頭を上げてほしい。俺は当然のことをしたまでだからね……それにもう【英傑の聖剣】の団長ではない。今は信頼できる仲間達と細々と活動している、ただの冒険者だ」
「ええ、存じておりますわ。ギルドという所でお聞きしましたので……そして実際に【英傑の聖剣】の活動拠点であるお屋敷にも行きましたの……そこで酷いことを言われましたわ」
「酷いこと?」
「……はい。団員らしき者達から『アルフレッド? 奴はもう団長じゃない。無能のクズ故に追放され、新しくローグ・シリウスさんが団長となっている』と……」
「そうか……けど間違ったことは言っていない。事実さ……」
「確かに横柄な態度と貴方様への侮蔑の言動に憤慨はいたしましたわ……しかしそれ以上に、わたくしが最も許せなかったのは、その新団長と名乗るローグという者です!」
「ローグが?」
俺の問いに、ティファは頷き詳細を語り始めた。
◇◆◇
彼女は屋敷の玄関先で団員達とやり取りをしていた時だ。
奥の廊下から、ふらりとローグが現れたと言う。
しかも何故か上半身が裸だったとか。
「あれ? 客人? キミ誰? 結構カワイイねぇ。ひょっとして僕のファン?」
ローグは以前にティファを見かけている筈だが、知能デバフのある無自覚系主人公だけにすっかり忘れているようだ。
しかもなんかチャラくね?
「い、いえ……わたくし、アルフレッド様を訪ねに来ただけですわ。あの方の居場所がわかればと思いまして……」
「アルフレッドぉ? なんだ……奴のセフレビッチか。あんな糞ヤリチンより、この僕の方が男として魅力は勿論、金と将来性は抜群だよぉ。それに女を満足させるベッドテクもねぇ。なんなら今から試してみるぅ?」
ローグはニヤつきながらティファの肩に腕を回してきた。
彼女は生理的な嫌悪感により咄嗟に振り解き、平手打ちを放ったがあっさりと躱されてしまう。
ローグはドヤ顔で舌を出して見せる。
「おっと、残念でしたぁ」
「無礼者ッ! 気軽に触らないで!」
「フン、尻軽ビッチの癖に随分と気が強いんだね……まぁいいや、用事がないならとっとと出て行けよ。アルフレッド臭がする女なんてこっちから願い下げだよ、バーカ」
「ぐっ……覚えてなさいですわ!」
こうしてティファはローグからセクハラを受けただけでなく、女子としての矜持も傷つけられ泣きながらその場を去ったと言う。
◇◆◇
ローグやべぇ! どうしたんだ!?
なんかキャラ変ぶりが酷くないか!?
いくら童貞捨てたからってイキリすぎだろ!
そして説明を終えたティファは目尻がより吊り上がり、ぐっと奥歯を噛み締める。
「あのローグという男……以前、アルフレッド様と一緒にいた時は無害そうな庶民でしたのに……わたくし悔しいです! あんな横暴で破廉恥な男、絶対に許せませんわ!」
わお。
すっかり俺と立場逆転してんじゃん。
原作を読んでいただけに違和感半端ねぇ……。
「ま、まぁ……ローグを変えてしまったのは不甲斐ない俺の責任でもある(本当は転生前のアルフレッドだけどな)。赦してくれとは言えないけど、もう奴と関わらない方がいいんじゃないか?」
「……そうですわね。アルフレッド様、本当にお優しい方ですわ。こうして再会を果たせて良かったですの」
そうか、んじゃもう帰ってくれ。
……とは決して言えない。
「ああ、俺も会えて嬉しいよ。なんか食べてく? お口に合えばだけど……」
「いえ、それよりアルフレッド様、今晩お暇ですか?」
「え? な、何? 別に何もないけど……」
「でしたら、今晩わたくしのお家にお招きいたしますわ! お父様には既に話を通しておりますの! 是非、お礼がしたいと言っておられていますわ!」
「なんだってぇぇぇ!? 嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「お嫌ですか?」
「え? いや違う……いや~ん、嘘ぉ~んって意味だよ、ハハハハハ」
危ねぇ、なんとか誤魔化せたか……。
けど今の絶叫は俺だけの言葉じゃないぞ。
――アルフレッド自身の潜在的本能もあったのだ。
俺の転生はどういう形なのか、また本来のアルフレッドとしての意識がどうなっているのかわからない。
案外何かしらの拍子で前世の記憶を思い出し、今の人格になった可能性もある。
したがってアルフレッドとして生きていた記憶もあるし、この異世界が鳥巻八号の原作世界とリンクしていることもわかっている。
だからこそ会いたくなかった。
原作でアルフレッドの処刑を命じた人物が、ティファの父親にして国王なのだ。