「おいおい、アルフ……お前、ここって」
「本気なの、アルフ?」
とある店の前で、ガイゼンとパールがドン引きしている。
「ああ本気中の本気だ。たとえ感想欄が荒れようと、俺はここで彼女を買う!」
「カンソウラン? また何をワケわかんねぇことを……」
「アルフ、時折変なスイッチが入るようになった」
なんとでも言ってくれ。
今の俺は意気込みすぎてリミッターが外れている。
鳥巻八号の原作通りの流れなら時系列的に彼女がここにいる筈だ。
本来ならメインヒロインとなり、ローグにとって大切な存在となるべき恋人。
確か完結したWEB版の後日談で、二人は結ばれ子供も授かり幸せな余生を送っている。
俺は記憶を辿りながら店の看板を見つめた。
『奴隷商店アクバ』
と表記されている。
そう、原作でローグは追放された後、「もう誰も信じられなくなった。けど裏切らない仲間が欲しい」とかホザいて、ここで一人の奴隷娘を購入していた。
奴隷娘と主従契約を結び、絶対に裏切らないパートナーとして共に戦わせていたのだ。
んで次第にチョロっとヒロインが絆され、ローグを持ち上げ全肯定する承認欲求を満たしてくれる美少女系の巨乳奴隷っ子と化していく。
前世で読者だった俺は、そのどっかで見たことのある展開に吐きそうになったものだ。
――けどパクる。
いや言葉が悪かったな……ローグと同じことしてやるぞ。
ここにいるメインヒロインを飼って、最強の仲間として育ててやんよ!
何せ、その子もなんやかんやヒロイン補正で無双していたからな。
しかもメインヒロインは主人公と同等の強さでも、さほど読者から叩かれないという法則がある。
将来的に対ローグ用として使えるかもしれん。
ククク、我ながらあくどい……けど良識の範囲だし別に良くね?
「まぁ優秀な仲間をゲットするためのヘッドハンティングみたいなものだ」
俺はそう言いながら店の扉を開けた。
ベルが鳴ると、すぐさま燕尾服を着た細身の奴隷商が近づいてくる。
頭にはシルクハットを被り、顔バレしないよう仮面を付けていた。
手には護身用なのか仕込み刀の杖が握られている。
「いらっしゃいませ。本日はどのような御用でしょうか」
「奴隷がほしい。性別は女、やせ細って不健康そうな
俺の細かい注文に、奴隷商は「え? え?」と首を傾げている。
「……はぁ、まぁいないこともないですが……戦闘用ならリザートマ――」
「いらない。その子がいい。その子じゃなきゃ嫌なんだ。いるの? いないの? どうなのよ?」
「はい……わかりました(何、こいつ……目が血走ってなんかキモ)」
奴隷商は呆気に取られながらも俺達を案内してくれた。
店内には様々な檻が並んでおり、奴隷として売られる種族が閉じ込められている。
その光景にガイゼンは「うわっ、引くな~」と呟き、パールは険しい表情を浮かべ無言で見入っていた。
あっ思い出した、原作じゃパールはここでアルフレッドに売られる設定だったわ。
俺は絶対に売ったりしねーけど。
奥側のカーテンが開かれ、鼻腔を突き刺すような形容し難い異臭が立ち込めてくる。
「この奴隷がご要望に近い者です」
奴隷商は隅にある小さな檻を杖でこっついた。
俺は檻を覗き込むと、そこに小さな女の子が蹲っている。
灰色の髪と尻尾が生え、みすぼらしいボロ雑巾のような服を纏う獣人族。
ほっそりと痩せこけて、小さく丸められた背中が荒く上下に動いていた。
「酷ぇな……普通に可愛そうだ。いやこの子だけじゃねぇ、どの奴隷もな」
ガイゼンは小声で呟く。厳つい鎧姿の割には子供好きだから特にだ。
「アルフ、
「汚れているからそう見えるだけだ。そうだよな、店主?」
「はい、よくご存知で。それで如何でしょう?」
「まず、この子に話かけていいか? 名前が知りたい」
万一のための確認だ。
鳥巻のガバが発生し、実は別人でしたという可能性もある。
俺の注文に奴隷商は「構いませんよ」と頷き、軽く杖で檻を叩く。
「ほら、お客様の前だ。名乗りなさい」
「ごほっ……シ、シズク、ごほっごほっ」
苦しそうに咳き込みながら、名乗るシズク。
よし、間違いないようだ。
「ア、アレクよぉ。お前さん、仲間を探しているんだよな? 言っちゃ悪いがこの子は駄目だ。どう見たって病気持ちで今にも死にそうじゃねぇか?」
「パルも流石に反対。足手まとい云々の問題」
「二人の言いたいことは最もだ。けど原石も磨けばダイヤになることだってあるんだぜ……俺はこのシズクって子にキュピーンと何かを感じている」
何せ原作のメインヒロインだからな。
今はボロ雑巾のような小娘でも、あれやこれやで色々と凄いことになるんだ。
ローグと同じように接してやれば……いや同じにする必要はない。
俺なりのやり方で、シズクを仲間として育成しよう。
「――店主、この子を買おう。んでいくらだ?」
「ありがとうございます。10万Gとなります」
10万Gとは日本円だと10万円くらいの価値だと勝手に考えている。
奴隷の相場は100万Gらしいから、かなり破格の安さだ。
原作だと病気持ちで愛玩用にもならない粗悪品が理由だとか。
「わかったよ、ほら」
俺は金の入った袋を渡す。
奴隷商は袋の中身を見て首を傾げた。
「はて? 50万Gも入っておりますが……かなり金額が多いかと?」
「主従契約以外にも色々と手を加えてもらいたいことがある。確か、あんた……そういった固有スキルを持っている筈だ」
すると、奴隷商は俺達から距離を置き始める。
殺気を纏わせ手に持つ仕込み刀の杖を強く握りしめた。
明かな敵対行為に、
「ガイゼン下がっていい。すまん店主、俺達にそういう意図はない」
俺の言葉に、奴隷商は緊張を解き一礼する。
「いえ、こちらこそ……お客様、その事をどこで?」
「俺には少し裏技がある。そういうスキルだと思ってくれ」
本当は原作を読んで知っているだけだけどな。
この奴隷商の固有スキルは――〈
対象者の職種から属性を任意で自在に変換させるスキルだ。
例えば
また補正として、種族性により本来苦手な部分を得意分野にさせる効果もあった。
原作でも、ローグはこの奴隷商と何度かコンタクトを取り、シズクや自分の仲間達(女キャラばっかり)を属性や職種を変換させながら強化を施している。
基本悪党だが利用次第では憎めなくなる、主人公にとってのサポートキャラ的なポジだ。
「……わかりました。ご要望通りに(こいつやべぇ、なんかやべぇ……)」
奴隷商は承諾し深々と一礼した。
そんなやり取りをシズクが檻越しで不安そうに見つめている。
俺は彼女に顔を近づけた。
「安心してくれ、シズク。悪い様にはしない――今からキミは俺達の仲間だ」
こうして原作に反し、メインヒロインを奪ってやった。