その日は手持ちの金を集めて、エドワードだけ宿に泊めた。全員の金を集めたら、なんとか一人分の宿泊代を捻出することができた。エドワードは擬態魔法の研究をしないといけないから、野宿させるわけにはいかない。
そして、俺たちは野宿だ。例によって公園で寝た。
ヘイシュリグの夜は寒かった。
「ダメだ、寒い。おい、ベン。もっとこっちに来い」
ウルリックは、俺とベンをピタリとそばに寄り添わせた。男同士で身を寄せ合って暖を取るなんて気持ち悪い情景だが、こうでもしないと女装する前に寒さで死んでしまう。ブランケットをかぶっていても寒さが染み込んでくるので、落ち葉をかき集めてきて自分たちにかけた。
「まるで情けねえ。女子になったら男に貢いでもらって、毎日暖かい部屋で眠れる身分になりてえもんだ」
ウルリックがボヤいている。
暖かい部屋で眠りたいなら、普通に冒険に行って稼いだらよくね? そもそも冒険者を辞めて、普通に働いたらよくね? その方がよほどまともな暮らしができるような気がする。
俺は冒険者を辞めるつもりはない。エドワードみたいに、人類を救うなんていう大層な大義はないけど、俺はスティーブンさんみたいに大陸のあちこちに行って、誰も見たことがないものを見たい。誰も知らないことを、いち早く知りたい。そのためには、早く一人前の冒険者にならないといけない。それこそ、イースの城壁外をバリバリ探検している腕利きたちから勧誘されるくらいの。
「なあ、クリス」
ウルリックが声をかけてきた。木立の隙間から、細い三日月が見える。どこかでフクロウだろうか、鳥の鳴く声が聞こえた。
「なんだよ」
「お前、パンゲアの上に何があるか、知ってるか?」
いつも女の話しかしないので、あの宙に浮かんでいる大地に興味があるとは知らなかったな。いや、パンゲアの上の件なら知ってるよ。スティーブンさんから聞いたことがある。魔王の城があるんだろう?
「よく知ってるな。一緒に行かないか?」
え…。
ウルリックは冒険者としての意識が低いヤツだと思っていた。さっさと辞めて他の仕事でもすればいいのにと思うほど、冒険に興味がなさそうに見えた。ナルシストで女にしか興味がない、クソ野郎だと思っていた。なのに突然、どうしたんだ?
「俺はダルッチの生まれでな。小さい頃からずっとパンゲアを見て育ったんだ」
ダルッチというのはイースの南西の方にある、小さな街だ。ぶっちゃけ、田舎と言っていい。ポポナよりもさらに西にあるので、確かにあそこもパンゲアがよく見えるだろう。
「魔王の城があると聞かされてなあ。いつかあそこに登って、魔王に会ってやろうと思っているんだ」
ウルリックが冒険者をやっている理由を、初めて聞いた。しかし、それは結構な難易度だぞ。なにしろ盗賊王が逃げ帰ってきた、要するに失敗したクエストだからな。それをやるつもりなら、もっと真剣に冒険者稼業に取り組んだ方がいいんじゃないか?
ベンのいびきが聞こえる。こんなに寒いのに、よく寝ていられるもんだ。
そういえば、ベンもどうして冒険者をやっているのか聞いたことがない。人と話せないコミュ障だが、持っている剣や装備を見る限り、貧乏な家庭の出身ではないように思える。剣の腕が達者だし、時々、立ち居振る舞いに品を感じることがあるので、もしかしたら上流階級の出身なのかもしれない。
「そのためにも、今回のミッションは成功させなきゃなあ」
女装している暇があったら、地道にクエストをこなしたらどうだ? 俺は何度も自分に問いかけ、仲間にも問いかけたかった根本的な質問を、グッと飲み込んだ。