ジェシカが去った後、テーブルに戻ると、ウルリックが複雑な表情をしていた。
「どういうことだよ」
俺は椅子を引いて座った。
「どういうことって、どういうことだよ」
ウルリックは手にしていたジョッキを、ドン!と乱暴にテーブルに置いた。
「どういうことって、お前、チューしてただろうがよ、チューをよ!」
チューと言いながら、唇を尖らせている。
ああ、そうだ。まあ、チューしましたよ。でも、そんな甘いもんじゃなかったぜ。
「だから、なんだってんだよ」
「畜生、正直に言わせてもらうぞ! うらやましい! 俺はうらやましいぞ!」
なぜか目に涙をためて、異様に悔しそうにしている。ベンを見ると、俺のことを穴が開くくらい見つめていた。
「なんなんだよ」
なんだか恥ずかしい。
「どうしたらチューできるのか、教えてほしい」
ベンは静かに言った。女子の獲得に失敗したことよりも、そっちの方が大事らしい。
俺は、ジェシカがすでにパーティーに参加済みで、交渉の余地もなかったことを伝えた。同じ盗賊、だいぶ年上、レベルも上と条件はそろっていたが、肝心の「お仲間募集中」でなかったことが全てだった。
「俺たち、ちょっとやり方を間違えているのかもしれない」
ベンが言った。
「間違えているって、どういうこと?」
「初対面の人にばかり、声をかけている。最初に聞いたけど、誰か女の冒険者に知り合いはいないのか? そういう人を勧誘すれば、もっと簡単なんじゃないのか?」
ああ、なるほど。言われてみれば、その通りだな。
「お前はそんな都合のいい知り合い、いるのかよ」
ウルリックがベンに聞く。
「いるわけないだろう」
いや、そこは胸を張るところじゃない。
「お前は?」
今度はこっちに聞いてきた。
確かにスティーブンさんのところでは、同年代の女子がいた。だけど、知り合いっていうほどではない。
そもそも、さっきジェシカに言われたけど、パーティーに2人も盗賊がいても、あまり意味がない。よほど稼ぎがたくさんあるのなら、スペアの盗賊を加入させるという選択肢もあるかもしれない。だが、戦闘力が低く、裏方作業が主体のメンバーを2人も雇うというのは、現実味があまりない。
「残念ながら、いないな。そういうお前はどうなんだよ」
ウルリックに聞いてみた。
「いやまあそうだな。女の子の知り合いはたくさんいるけど、冒険者となるとなあ。知り合いはたくさんいるんだぜ、うん。だけど、冒険者となると、だなあ」
奥歯に物が挟まったような言い方だ。なぜ素直に「いない」と言えないんだ。
俺たちはうつむいて、テーブルを見つめた。木製のテーブルは手垢やタバコのヤニやなんやかんやで、灰色になっている。まるで今の俺たちみたいだ。灰色で、将来になんの見通しもない。
頭の片隅で、そんなことを言っている暇があったら、クエストをゲットして冒険に出かけろと誰かが叫んでいるような気がするが、女子をゲットできなかった俺たちは、もう絶望の淵に追い込まれていた。
「おっ、おで、おんなのじりあい、いるげどっ」
誰だ。誰の声だ。顔を上げると、ウルリックもベンも同じように顔を上げて、驚いて周囲を見回していた。
ブヒイッ。
3人同時に声の主、エドワードを見た。
エドワードはフードを取っていた。若いはずなのに、すでに頭頂部ははげ上がり、耳の上と後頭部にしか髪が残っていない。醜く太って、浮腫んで脂ぎった顔。分厚い眼鏡の奥の一重の吊り目。毛穴が目立つ丸い鼻。いつも半開きで、異様に悪い歯並びが見え隠れする口。どこからどう見ても異性の知り合いなんて、いそうにない。
絶対にいない。いや、こんなヤツに異性の知り合いなんて、いちゃいけない。神様が許さない。
「おんなのじりあいっ、いるげど」
エドワードはもう一度、言った。
ウソだろ…。
ウルリックがつぶやく声が聞こえる。
「エド、それは本当なのか?」
ベンが聞いた。
「ほ、本当。でも、ぢょっと遠い。ぼ、僕の出身地。ヘイシュリグに」
ヘイシュリグといえば、教会の本部がある宗教都市だ。イースの東にあるので、ここからは馬車に乗って3日ほどかかる。歩いていけばもっとかかる。もちろん、馬車に乗れば金が要る。
それに、こんなキモオタの知り合いとなれば、すごいブスの可能性もある。だけど、仲間に女の知り合いがいるというだけで、その時の俺たちは舞い上がった。あの時は精神状態がおかしかった。そうだ。おかしかったとしか言いようがない。
「行こう、ヘイシュリグに」
ベンが立ち上がって、手を差し出した。なぜか満面の笑みだ。ウルリックも立ち上がって、手を添えた。ヤツはなぜか半泣きになりながらも、喜悦の表情を浮かべている。俺も立ち上がると、2人の手の上に手を重ねた。なんだか妙にヤル気が沸いてきた。エドワードもおずおずと、手を合わせる。
「行こう、ヘイシュリグに!」
俺たちは声を合わせて、言った。