「よう。ただいま。久しぶりだな。」
玄関でニカッと笑う依織に、美織の母親の美音は、玄関のドアノブを握ったまま、呆然と立ち尽くしていた。
「ゆ、幽霊……!?」
「あるだろ、足。」
そう言って目を細める依織。
美音は依織を抱きしめて、その胸に顔をうずめて号泣した。
「……心配かけたな。」
そこに、とてとてと歩いてくる依音。
「……依音か。おっきくなっちまってまあ。」
成長を見ることの出来なかった次女の姿に、自嘲めいた笑みを浮かべる依織。
「依音。お父さんよ。」
娘を振り返ってそう告げる美音。
「お、とう、さん?」
初めて聞く単語のように首を傾げる依音。
「うちじゃお父さんて単語を出してなかったからね。依音からしたら、存在を意識したことがない筈よ。というか、そろそろ家に入れて。中でゆっくり話そう、お母さん。」
「あ、そ、そうね。」
涙を拭って微笑む美音。
夕食の準備をする為に、美音と美織が台所で歓談しながら料理を作っている。
依音は不思議そうに父親を見上げたままだった。だが距離を取ったまま、近付こうとはしなかった。依織は美音の出したツマミを食べながら、缶ビールを飲んでいた。
「さ、出来たわ。食べましょうか。」
「私のハンバーグも出来たよ、お父さん。」
「──なんだ、俺の好きなもんばっかじゃないか。冷凍してたのか?」
テーブルの上に並んだ料理を見て、依織がビールを飲む手を止めて言う。
「……いつ帰って来てもいいように、ある程度は準備してあったのよ。」
そう恥ずかしそうに告げる美音。
「そうか……。ありがとな。」
そう目を細める依織に、近いうち弟か妹が出来るかも知れないな、と思う美織だった。
「うん、うまいな、母さんの味を覚えたんじゃないか、美織。」
「ほんと?よかった。やっとお父さんに食べてもらえたよ。」
その様子を見ていた依音は、目線を落としてテーブルに箸を置いた。
「……ごちそうさま。」
「あら依音、もう食べないの?」
「いらない。」
そう言って2階の自分の部屋に引っ込んでしまう依音。
「ちょっと見てくるね。」
様子のおかしい依音を追いかけて、美織は依音の部屋を尋ねた。
「依音、入っていい?」
部屋のドアをノックしたが、返事がなかった。入るよ?といいつつドアを開けて中に入ると、依音はまくらを抱いて、ベッドの上に横向きで丸くなっていた。
「お姉ちゃんのハンバーグ、おいしくなかった?」
「……違う。」
「じゃあどうしたの?依音、ハンバーグ好きでしょ?なのに半分も残すなんて。」
ベッドに腰掛けて依音を振り返る美織。
「……知らないおじさんなのに。」
「え?」
「お姉ちゃんもお母さんも、知らないおじさんとばっか仲良くしてる。」
「……依音はちゃんと会ったことがないからわからないだろうけど、あれは私たちのお父さんなんだよ。」
「……知らないおじさんだもん。」
美織は眉を下げて微笑んで、
「今はね。しょうがないよ。そう思うのも。依音を寂しがらせないように、私もお母さんもお父さんの話題をさけてたからね。」
美織は依音の頭を優しく撫でつつ言う。
「……なんで帰って来なかったの?私たちのこと捨てたんだって、みんな言ってたよ。」
美織たちの知らないところで、口さがない人間が依音に余計なことを言ったようだ。
美織はため息をついた。
「お父さんはね、ずっと悪い人たちに捕まってたの。帰りたくなかったわけじゃないの。今日ようやく助け出せたんだよ。」
当時父親がダンジョンから帰れなくなったことを、母親に告げたダンジョン協会の人間の話を盗み聞きしていた美織は、父親がいなくなった経緯をなんとなく知っていた。
だがそれを知らない依音からすれば、生死不明の父親のことを誤魔化す家族の言葉より、はっきり捨てたと告げる他人の言葉のほうが真実だったのだろう。
「お父さんなんていないもん……。」
父親を拒絶する依音を、美織は優しく撫で続けた。
「ゆっくり仲良くなろう。お父さん、依音にもずっと会いたかった筈だから。やっと家に帰れたんだから、少しだけでいいから、優しくしてあげてね。」
依音は何も答えなかった。暫くして精神的に疲れたのか、そのまま風呂にも入らず、依音はベッドでスヤスヤと寝息をたてていた。
「……依音の様子はどうだ?」
そこに依織が様子を見に来た。
「まだ受け入れられないみたい。待ってあげて。依音が心を開くまで。」
そう告げる美織を真顔で見つめる依織。
「……お前にもすまなかったな。」
「なにが?」
「お母さんと依音を支える為に、お前が大人にならなくちゃいけなかったんだな。
普通の子どもだったのに、そんな風に表情も変えずに諭すようなことを言うようになっちまって。」
依織はポリポリと頭をかいた。
「……そうだね。それはあるかも。でも、私は今の自分が嫌いじゃないよ。」
「そうか……。」
「それよりお父さん、早くヒゲ剃ってきてよね。依音もお父さんの顔が覚えられないし、私だってお父さんの顔忘れちゃったよ。」
そう言われて目を丸くする依織。
「わかった。風呂で剃ってくるよ。近い内に家族で遊園地でも行こう。」
「わかった、楽しみにしてる。」
依織が部屋から出ていき、ベッドから立ち上がろうとした美織は、依音がしっかりと服の裾を掴んでいることに気付く。
今日はお風呂は諦めるか。そう思いながらベッドに横になり、依音の頭を撫でながら、いつしか美織も眠りに落ちていった。
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