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第90話 最初の夜③

「譲次が死んだと聞いて、本当に悲しかったわ。お葬式も済んだあとで、ご実家を知らなかったからお線香もあげられなかった。

 ……しばらくなんにもなんにも手につかなくて、どうしてもっと会っておかなかったんだろうって思ったわ。」


「……そうか、すまない。」

「でも、またこうして会えたわ!

 だからもういいの。

 ──でも不思議ね?譲次、声だけは変わってない気がするんだけど。」

「そうなのか?──だが言われてみれば、円璃花もそうかも知れないな。」


「ほんと?ならそうなのかも。

 譲次の声って渋くていいわよね。その見た目にはだいぶ大人っぽいけど。」

 円璃花がクスリと笑う。確かに俺の声は妙に特徴的で、声で寄ってくる相手もたまにいたくらいではあった。


「背も同じくらいかしら?日本人にしてはかなり背が高かったものね。」

「両親がどちらも背が高かったからな。

 円璃花はだいぶ身長がのびたな。」

「そこも転生時に絶対譲れないポイントだったのよね。背が低いの、悩みだったもの。」


 どうやら転生時の見た目の条件に、身長も付け加えていたらしい。

 日本人の場合、女性は小柄な方が好かれると思うが、大人っぽい美人を目指す円璃花としては、ヒールの似合う背が高い女性になりたかったらしく、転生前は自分の身長をよく嘆いていたものだ。


 顔が小さいから、遠目に見ると一見そこまで低いとわからないんだがな。

「譲次の頭皮マッサージ、変わってないわ。

 ほんと気持ちいい……。」

「おい、寝るなよ?」

「分かってる……。」


 そう言いながら円璃花は既に船を漕いでいる。風呂で寝られたら、髪を乾かして服を着替えさせてベッドに運ばなくてはならない。今までは別れたとはいえ裸を見慣れていたから気にしていなかったが、さすがに新しい体になった今はきまずい。


「よし、こんなもんか。円璃花、完全に寝ちまう前に風呂からあがるぞ?」

「ん……。」

 俺にうながされて椅子から立ち上がるが、もう既にだいぶ眠たそうだ。

「急いで髪を乾かすから、それで早く着替えてベッドにいこう。」


 俺はリビング兼キッチンに円璃花を連れて行くと、椅子に座らせ、新たにドライヤーを3つ出し、俺の手持ちと、両サイドにハンズフリーで使えるドライヤースタンドを出して乗せ、一気に髪を乾かすことにした。ちなみにドライヤーは3つとも円璃花が自宅で使っていた、ひとつ8万近くする7Dのものだ。


 髪の毛の乾燥時のダメージを最小限におさえるので、脱色していて髪が痛みやすかった円璃花のお気に入りの品だ。2時間髪の毛にドライヤーの風を当て続けても、髪の毛がまったく傷まないという、公式の動画でも有名な高級品だ。あまりに高いのでコスパの面で人におすすめはしないが。


 髪の毛を乾かし終えたあと、

「バスローブが濡れているから、新しいものに着替えられるか?」

 と円璃花に声をかける。

「ん……。」

 と半分寝ぼけたような声が聞こえたが、俺の手渡したバスローブを受け取って立ち上がり、目を閉じたまま服を脱ごうとするので慌ててリビングを出た。


「──もういいか?」

 声をかけるが反応がない。そっとリビングを覗くと、円璃花はバスローブを着替えたあとで、再び椅子に座って寝息を立てていた。

「やれやれ。」

 俺は円璃花を抱き上げると、恐る恐る2階に上がる階段をゆっくりとのぼった。


 カイアとアエラキを抱いてのぼった時もそうだったが、両手が塞がった状態で急な階段をのぼるのは案外怖いんだよな。

 落としてしまったらという恐怖もあるし。

 だがなんとかのぼりおえると、円璃花の部屋のドアを開け、円璃花をベッドに横にしてブランケットをかけてやった。


 円璃花の部屋の窓から星空が見える。

「明日、円璃花と相談して、ここにもカーテンをつけないとな。」

 窓から外を覗くと、足元にランタンというかカンテラというか、明かりを置いているのだろう、家の周囲を兵士らしき人影たちが、大勢守ってくれているのが見える。


 どうやらちょうど夜勤の人たちと交代の時間のようだ。

 馬車らしき影が家の前に2台あり、家を警備してくれていた兵士たちが持ち場を離れたと思うと、馬車に吸い込まれてゆき、新しい兵士が同じ場所に立った。


「遅くまでご苦労様だな。彼らにも何か出してやれたらいいんだが、俺もさすがに眠いから、後日にさして貰おう。」

 俺は自分の部屋に戻り、何を出してやろうか考えながら、気がつけば眠りにおちて、そのままぐっすりと寝たのだった。


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