「ジョージ・エイト卿にこの土地建物を引き渡すことが、あなたがお持ちになっているよりも国益につながると判断された為です。」
「ふざけるな!こんな!こんなことが……!
──こんなもの!」
ロバート・ウッド男爵が、保証書類に手をかけ破り捨てようとする。
「──破っていただいても構いませんが、これはアーサー国王も認められた正式な保証書類になります。それを汚損した場合のお咎めがどんなものであるか、知らないわけではありますまい。」
エドモンドさんにそう言われて、ロバート・ウッド男爵がガックリと肩を落とす。
「──権利証をお持ちいただけますか?」
ロバート・ウッド男爵がゆらりと立ち上がると、まるで幽霊のような音のない動きで部屋の奥の扉の中に移動した。戻ってくると、
「……こちらです。」
机の上に権利証を置こうとして、テーブルが濡れていることを思い出し、それを置くのをためらった。
「──ジャスミンか。」
……?
「ジャスミンを手に入れる為に、この私にこんな真似を……!!」
権利証をクシャッと握りつぶして、ロバート・ウッド男爵が立ち上がり、俺を睨んだ。
「──あなたの奥様とは商売の取引をしておりますが、俺はあの日が初対面ですよ。」
「嘘をつけ!!そうでなければ、なぜジャスミンが、子どもが腹にいるにもかかわらず母親の元に戻るのだ!
もうすぐウッド男爵家を継ぐ跡取りを産めるというのにだぞ!」
「──継がせたくないのでしょう。恐らくあなたに認知も求めないことでしょう。」
「そんなわけがあるか!
あれは、ジャスミンは、私と結婚したいと願って、親子ともども頭を下げて、うちに嫁に来たんだぞ!
俺はただの平民を嫁にしてやったんだ!
ずっと!俺を愛すると言ったから!
それを!その恩も忘れてあの女──!!」
「……。」
俺はロバート・ウッド男爵という悲しい男性をじっと見つめていた。ジャスミンさんはあの日、泣きながらロバート・ウッド男爵を引っぱたいた。心から愛していたと。それを疑う言葉だけは許さないと。
ずっとロバート・ウッド男爵を愛すると言ったのも、きっと本心だったのだろう、その時は。
だが、恐らく彼は変わってしまった。元々そうだったのか、環境が彼を変えたのかは分からないが。
「ジャスミンさんの言葉を、思い出して下さい。あの人は今でもあなたを愛しています。ですが、あなたにはもう、それが見えなくなってしまった、それだけの話です。
あなたが変わらない限り、ジャスミンさんは戻ってきませんよ。」
「何を──!!」
「ロバート・ウッド男爵、権利証を。」
エドモンドさんにそう言われて、権利証をクシャクシャに握りしめていたことに気が付き、手元を見るロバート・ウッド男爵。
悔しそうにしながらも、エドモンドさんに権利証をようやく差し出した。
エドモンドさんはテーブルの上のティーカップを脇にどけ、濡れていない部分の上で、俺に、ここにサインを、と言った。
俺は権利証にサインをする。
「ロバート・ウッド男爵、あなたもこちらにサインをお願いします。」
力なく椅子の上に座り込み、権利証の俺の名前の上に、ロバート・ウッド男爵がサインをした。これを報告次第、ロバート・ウッド男爵の財産は国に没収される。──男爵の地位と共に。彼にとっては、これはその始まりに過ぎないのだ。
「これであの土地建物は、本日よりジョージ・エイト卿のものとなりました。
あなたも身の振り方をお考えになられたほうがよろしいと思いますよ。
──これはせめてもの忠告です。」
俺たちが立ち上がっても、ロバート・ウッド男爵はうなだれたまま、顔を上げようとはしなかった。
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