「我々が収穫をしている場所と、ドライアド様のいらっしゃる場所までを含めると、この範囲になります。」
オンスリーさんがこの近辺の地図を見せてくれ、ぐるっと指で囲んで範囲を指し示す。
「陽が当たらないと、植物が困ると思うのですが、周囲を完全に覆ってしまっても大丈夫ですか?」
「少し離せば問題ないかと。」
「わかりました。まず土台は石垣にして、その上に柵を作りましょう。」
「石垣?」
「石を積み上げたものです。ただ柵を作るよりも頑丈で、倒されにくくなります。」
「なるほど?」
「そこに木の柱をたてて、間を土で埋めるのですが、そこに頑丈さを増すためと、水はけをよくする為に、割れた皿を挟もうかと思っています。」
「──割れた皿?」
本当は瓦をはさみたいんだが、そんなものこの世界にないからな。
「まずは見本を作ってみましょう。
大きな石と、砂利と、粘土質の土と、藁が欲しいです。
あと、油ですね。」
俺の言葉で、コボルトの集落のみんなが、めいめいに担当を決めて、該当するものを集めに行く。
「こんなもので丈夫な柵が出来るとは、到底思えんのだが……。」
オンスリーさんが首を傾げる。
俺はまず粘土質の土に、砂利や油や藁を混ぜた練土を作った。
石垣を台座として、塀の中心となる部分に木の柱を立て、柱を中心に土が落ちてこないよう木枠を組むと、間に割れた皿をはさみながら、練土を入れてゆき、上から木の棒で突き固めてゆく。乾いたら木枠を外して乾かして壁の完成だ。版築工法と呼ばれるやり方である。
最後に漆喰で塗り固めるのだが、瓦を間に挟む場合は、あえて瓦を見えるようにやるやり方もある。
漆喰は消石灰(水酸化カルシウム)を主原料とした塗り壁剤だ。消石灰は石灰石を焼いて水を加えたもの。これにつなぎを加えて水で練ったものが漆喰となる。
コボルトの食器の原料に石灰石が使われていることを聞いて思いついたのだ。
版築は万里の長城や、日本の城の城柵にも古くから使われている工法である。
籾殻を入れたり、いろんなやり方がある。コンクリートを入れる方法もあるが、それは版築ではないという意見もあったりする。
「こいつを繰り返して周囲を囲います。」
「──確かに頑丈そうだ。」
「全部を覆うにしても、土を乾かすにしても、かなり時間がかかるでしょう。
その間に俺は店の場所や、従業員を探します。護衛はいつでも雇えますが、そっちは時間がかかると思いますからね。」
「よし、みんなで頑張って作ろう!」
「もし店がうまくいかなくても、この壁を作るだけでも、盗人から俺たちの集落を守りやすくなるぞ!」
みんなが気炎を上げた時だった。
「おい、盗人を捕まえたぞ!」
見れば2人の人間の男たちが、コボルトに腕を決められて取り押さえられている。
「──またお前たちか、こりない奴らだ。」
オンスリーさんが呆れたように、こちらを睨む男たちを見下ろしている。
「お前たちこそ懲りねえな。
何度役人に突き出したって、役人は俺たちの味方だってことを忘れてんのか?」
「魔物は退治されるべき存在なんだよ!
どうせお前らの持ち物なんて、人間を襲って奪ったんだろうが!」
「なんだと!」
「盗人が偉そうに!」
「俺たちは自分たちで、この生活を維持しているんだ!」
コボルトたちの剣幕が荒くなる。
牙をむき出しにした様子は、彼らが獣だということを思い出させる。
「こいつらを役人に付き出せ。」
「けどオンスリーさん、役人に突き出したところでどうせ……。」
「いいんだ、我々にはそれしか出来ない。」
みんな一様に目線を落とす。
男たちは地面につばを吐きながら、コボルトの男たちに連れて行かれた。
「──頑張って塀を作りましょう。
そして店を成功させましょう。
二度とあんな奴らに、私たちの集落を好き勝手歩かせるものですか。」
アシュリーさんが強い目で、男たちが連れて行かれる後ろ姿を睨む。
「もちろんだ!」
「俺たちの集落は俺たちで守ろう!」
みんな先程よりもやる気を出したようだ。
今日はもう遅いので、明日以降に作業をすすめることになり、俺は町に戻る馬車がないので、オンスリーさんの家の空いている部屋に泊めてもらうことになった。
「この部屋を使って。」
「すまない。」
アシュリーさんに通された部屋は、きれいに掃除されていたが、誰かの部屋のように、私物がたくさん置いてあり、客室という雰囲気ではなかった。
「……ご家族の部屋じゃないのか?
俺が勝手にベッドを使ってしまって、大丈夫なのか?」
俺は心配になって聞いた。
「いいのよ。兄の部屋だったの。
でも、もういないから。」
どうも聞いてはいけないことを聞いてしまったようだ。
「……兄は人間に殺されたの。
優しい人だったわ。
魔物扱いされて襲われたのに、最後まで攻撃しなかったんですって。」
アシュリーさんが寂しげに微笑んだ。
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