「店……店をあけなきゃ。」
「ナナリー、無理しちゃいかん。」
「そうですよ、ゆっくり休みましょう。」
「でも……、オークの肉が……傷んでしまうから……。」
そう言ってナナリーさんは眉を下げる。
そういえば、冷蔵庫らしきものが店になかったな。食材を駄目にしてしまうのが気になるのは俺も分かる。
「今日は俺が代わりに店に立ちましょうか?」
「お前さんがか?料理出来るのか?」
ヴァッシュさんが目をみはる。
「はい、と言っても料理人ではないので、大したものは作れませんが、要するにオークの肉を売り切ってしまえばいいんですよね?そのくらいなら何とかなります。」
ナナリーさんがヴァッシュさんと顔を見合わせる。
「分かりました……。あつかましいですが、お願いしてもいいでしょうか?」
ナナリーさんが力なく言ってくる。
「はい、ゆっくり休んで下さいね。
ヴァッシュさん、このあたりの精肉店を教えていただけませんか?肉が塊だったので、切るところを任せたいのですが。」
「分かった、案内しよう。」
俺は塊肉を携えて、ヴァッシュさんの案内する精肉店にやって来た。
有料で薄く切って貰うと、それを持って再びナナリーさんの店へと戻った。
「随分と薄くして貰ったんだな?」
「はい、これで冷しゃぶを作ります。」
「レイシャブ?」
俺1人で大勢の客を一度にさばくのは大変だ。ある程度作り置きした方がいい。
そう考えて、あえて作り置きの方がうまい豚肉の冷しゃぶを作ることにした。
「ヴァッシュさんはナナリーさんを見ていてあげて下さい。
軽度のものしか、さっきの飲み物では改善しませんので、体調がよくならないようであれば、お医者様を。」
「分かった。」
ヴァッシュさんが2階に消えてゆき、俺は大きな鍋に湯を沸かした。
レタスも一緒に温しゃぶにして食べる方が俺は好きだが、単価を考えると、レタスは生のままのほうがいいだろう。それもうまいしな。
俺は、ポン酢、料理酒、砂糖、3倍濃縮の市販のめんつゆ、ごま油、業務用の大根おろし、カイワレ大根、レタスを出した。
さすがに大人数さばくことを考えると、大根おろしを作ってる暇はないだろう。
煮立った鍋に砂糖をひとつまみと、料理酒を入れてかきまぜる。肉を固くさせない為のものなので、いつも量は適当だ。
はかって入れるのであれば、水1リットルに対して、双方大さじ1程度。
まぜたら火を止めて少しさましてから、極薄の豚肉を一枚ずつ入れて箸でかき混ぜながら火を通し、色が変わったら引き上げてさましてやる。
急ぐ時は水につけるが、俺はあんまりやらない。
氷水は絶対に使わない。砂糖を入れるのも、沸騰した湯につけないのも、氷水に入れないのも、豚肉を固くしない為。氷水に入れると肉が固くなるのと同時に油が固まってマズくなってしまうのだ。
湯が冷める前に弱火と中火の中間くらいで再び熱して、残りを全部火に通す。
普段はそのまま食べるが、人に出すものなので、浮いてきた油やアクを取りのぞきながらそれを繰り返す。
ポン酢と3倍濃縮の市販のめんつゆを3対1で混ぜ合わせ、ごま油を少々、大根おろしを乗せて、カイワレ大根を散らして、ツケダレの完成だ。かわりに豆苗でもいい。
出汁を加えて薄めれば、そうめんやうどんに乗せるぶっかけにも使える。
レタスは手でちぎって洗ったものを、水を切って置いておく。水切れが悪ければキッチンペーパーで軽く拭き取る。
料理を出す時に、皿にしいたレタスの上に肉をのせれば豚冷しゃぶの完成だ。
これで店に出す分は準備が出来た。