ヴァッシュさんは感心したように俺にそう言った。
「このネジというやつを、うちの工房で使わせて貰えないか?これは産業革命だよジョージ。」
「別に構いませんよ?
たくさんありますのでどうぞ。」
俺はネジをビニール袋ごとヴァッシュさんに渡そうとした。だが、ヴァッシュさんは袋を受け取ろうとはせずに首を横に振った。
「──ジョージ、それは駄目だ。
まずは商人ギルドと職人ギルドでネジの商標登録をしよう。
このままでは他の人間の、もしくはうちの工房だけの儲けになっちまうからな。」
別に俺は構わんのだが、ことが商標登録となると、ヴァッシュさんの工房も、俺も登録しなかったりしたら、誰かに勝手に登録されて、好きに使えなくなる可能性があるわけだ。それはさすがにまずいな。
「分かりました。
やり方を教えていただけますか?」
「まだ受付をしている時間だ。
案内してやるからギルドに行こう。
食器洗浄機の改良はそれからだ。」
俺はヴァッシュさんに連れられて、職人ギルドと職人ギルド双方で、ネジ山付きのクギ(ワッシャーヘッドタッピンネジ)とプラスドライバーの特許申請と商標登録を行った。
「食器洗浄機の改良が終わったら、それも後で現物を持って登録に来よう。」
なるほど、そちらも新製品ということになるから、その必要があるわけか。
「ちょっと飯に付き合ってくれんか。」
帰り道、そう言うヴァッシュさんに付き合って、工房に向かう途中の大衆食堂に入った。
「あら、おじいちゃん、毎日飽きないわね。
そんなにここのご飯が好きなの?」
ふくよかで朗らかな笑顔の女性店員が出迎えてくれる。
「肉体労働者にはとくにたまらんわい。」
ヴァッシュさんがそう答える。
席に案内されて店員が注文を聞いて去って行ったあと、
「あれはうちの孫娘でな。
いき遅れで困っとるよ。」
と笑いながら言った。そうはいいつつも、孫娘が嫁にいかないことを喜んでるようにも見える。
年の頃は30歳前後だろうか?
道を行き交う子連れの女性がまだ10代の見た目が多いこの世界では、かなり遅い方なのだろう。
「はい、どうぞ、おまちどお。」
目の前に見慣れない食材の炒めものとパンと水が置かれる。
既にロンメルさんとの料理対決で少し腹が膨れていたものの、いい匂いに誘われて腹が減ってきた俺は、ガツガツとそれを食った。
〈ヌルーソ炒め〉
キャプソンとママガッソを塩コショウとニュニュファイで味付けしたもの。ヌルーソ地方の郷土料理。
〈キャプソン〉
キプリーが育つ過程で掘り起こした若木。
生育過程は筍に似ているがれっきとした山菜。育つと樹木のように大きく太くなる。
〈ママガッソ〉
ママラを発酵させた保存食品。ママラはヌルーソの湖でのみとれる淡水魚。
〈ニュニュファイ〉
ヌルーソ地方独自の魚醤。
つまりは魚と山菜の炒めものか。独自の魚醤や発酵食品を使った炒めものという点に興味が惹かれた。食べてみると、とくにママガッソがうまい!これはハイボールが進みそうな味だな。帰りに買っていきたいが、どこで買えるのだろうか。
「すみません、このママガッソって、どこかで買えますかね……?」
俺はヴァッシュさんに訪ねてみた。
「各家庭で作っとるもんだから、売っとるのは見たことがないな。なんだ、気に入ったのか?」
「そうなんですか……。残念です。
はい、酒に合う味だなと思って、買っていきたいと思ったのですが。」
「なんだ、ジョージはいけるクチか。
今度良かったら飲みに行こう。」
「はい、ぜひ。」
「おーい、ナナリー。」
ヴァッシュさんが手を上げてお孫さんを呼んだ。
「なあに?おじいちゃん。」
ナナリーさんがカウンターの奥からやって来る。
「ジョージがお前の作っとるママガッソを気に入ったらしい。
少し分けてやってもらえんか。」
「そうなの?ちょっと待っててね。」
そう言って再びカウンターの奥へと消えていく。