「ええと……何か?」
その数10数人。見知らぬ中年の男女が、俺の家の玄関の前に立っていた。
ニコニコしている様子を見ると、悪意はないんだろうが、知らない人間が大勢でニコニコしているという様は、逆に気味が悪い。
知り合いに某有名ミュージシャンにそっくりな奴がいるのだが、そいつと一緒にいると常に知らない人間に話しかけられるし、道行く人たちが一斉にこちらを見てくるのが分かる。
声が全く違うから、話しかけられて、違いますよと言うと、すぐに離れて行くのだが、向こうは知っていて、こちらは知らない人間から、一方的に好意を向けられる気持ちの悪さってものがあるんだよな、とそいつが言っていたそれを、今まさに俺が感じていた。
「ラズロさんから聞いたんだが、あんた、とても美味い料理を作るんだってな。」
「私たちも少しラズロさんから分けて貰ったのだけど、本当にびっくりするくらい美味しかったわ。」
「おまけに初めて食べる味だった。
ぜひ俺たちにも作って貰えないだろうか?
もちろんお代は払わせて貰う!」
みな刺激に飢えているのだろうか?
娯楽の少そうな田舎の村だもんな。
食べるくらいしか楽しみがないのかも知れない。
急に押しかけられた、見知らぬ他人が困惑するという発想に至らない程、俺の料理が刺激的だったのだろうか。
「急に大勢で押しかけて来て、そのようなことを言われましても……。
ラズロさんにも、商売でお渡しした訳ではないので……。」
俺はそれとなく断ろうとした。
ラズロさんとティファさんは、まだ面識がある方だから、話しかけられても恐怖はないが、いきなり知らない人間に、こうも大勢で集まって来られるのは、さすがに親近感を持つのは難しい、というか、引く。
俺の料理に興味を持ってくれるのはありがたいが、せめていきなり大勢で押しかける前に、村に招待してくれるだとかして、外堀を埋めるという発想はなかったのだろうか。
その上でなら、俺も話を受け入れやすかったが、図々しい恐ろしい人たち、という印象がどうしても拭えなかった。
田舎ではこれが当たり前なのかも知れないが、俺は都会の距離感に慣れているから、ちょっとこういうのは苦手だった。
俺がおそれおののいている様子を見て、集まった人々が、互いに眉を下げながら顔を見合わせる。
「驚かせてしまった……かな?」
「そうね、急だったし……。」
「興奮のあまり、勢いのまま押しかけて来てしまったからな……。」
「すまない、……そんなつもりじゃなかったんだ、本当に申し訳ない。」
1人が頭を下げた途端、その場にいた人たちが次々に俺に頭を下げた。
その殊勝な態度に、逆に俺が戸惑ってしまう。
「頭を上げて下さい。
知らない方たちに、急に大勢で家に来られましたから、こちらも困惑しましたが、そこまでしていたただかなくとも……。」
「この方のおっしゃる通りだ、我々は彼にまだ挨拶もしていなかった。」
「知り合いでもない、商売でやられているわけでもない方に、大分図々しかったわね、私たち。」
「急に大勢で押しかけて、本当に申し訳なかった。
……今更だと思うが、ぜひ村に遊びに来てくれないか?みんなを紹介したい。
まずは親しくなるところから、改めて関係をはじめさせては貰えないだろうか。」
全員が申し訳なさそうに眉を下げながら、じっと俺を見て来る。日本人の俺は、こういう態度の人間に、ノーとは言えないたちだった。
「……分かりました、では1度、村にお邪魔させていただきます。」
その場にいた全員の表情が、パアッと明るくなる。
「──さっそくだが、予定がなければ、今晩すぐにでもどうだろうか?
夜道は危ないから、夜は私の家に泊まって欲しい。
私はアズール村の村長をしている、ラグナスと言う者だ。」
──村長自ら来てたのか……。
そりゃあ、これだけ大勢で、初対面の人間の家に押しかけようという気にもなるというものだ。
村の一番の偉いさんが、先陣きって押しかけてるんだからな。
「分かりました。
お言葉に甘えさせていただきます。」
俺はラグナスさんたちを玄関で見送った。
ちょっと、……というかまあ、大分驚きはしたが、すぐに自分たちの非を認められる人間は嫌いじゃない。
俺は、もう許してますよ、という意思表示と、仲良くしましょうという意味を込めて、突然押しかけて来た村人たちが食べたがっていた、俺の世界の料理を、夜、村に行くまでに作ることにした。