気が付けば、真っ白な世界にいた。
目の前には、光り輝く空中に浮いた老人。
「ちょっと間違えてしまっての。」
「はあ。」
「君を元の世界に戻すことはかなわんのだ。」
「そうですか。」
「……君、少しも動揺しとらんな。」
「だって無理なんですよね?」
「まあそうなんだが……。」
「じゃあ、考えても仕方がないんで、別にいいです。」
日本のサラリーマンは、思考を止めることに慣れているのだ。
俺はそれなりに仕事をして、それなりにお付き合いした女性も何人かいたが、いまだ独身。特に困る相手もいない。
相手の女性が良くなかったとかそういうことではなく、仕事が忙しかったり、飯を作って食べる時間が楽しかっただけだ。
あまり話さないので、よく知らない人からは、いつも機嫌が悪いかのように思われがちだが、単に関心のないことを無理に話したいと思わないというだけだ。
1人で気楽に好きな料理をして暮らせるのであれば、それでじゅうぶんなのだ。
「せめてもの詫びとして、好きなスキルを3つ授けよう。」
「スキル?」
「まあ、平たく言えば、あちらの世界で、便利に使える能力ということだな。」
「じゃあ、どんな食材でも手に入るスキルと、どんな食材かを理解するスキルと、まだ見ぬレシピを知るスキルを下さい。」
俺はひと息でそこまで言った。
「急に食い気味だな。
──というか、そんなのでいいのか?」
「料理することと、食べることにしか、興味がないので。」
「……まあ、いいだろう。本人の望みだからな。」
「あ、調味料とかも、ちゃんと手に入りますよね?
肉があって塩コショウがないとか、魚があって醤油がなかったら、最悪なんで。」
「……欲しいものが何でも手に入る、にした方が、いいんじゃないのか?」
「じゃあそれでお願いします。」
「見た目は君じゃない人間を召喚する時ように準備してたものになるから、大分若返ることになるが、……まあ、君なら気にせんか。」
「性別が女になるとか、生まれつき難病を抱えてるとかでなければ。」
「健康な若い男だから安心してくれ。」
「じゃあ、それでいいです。」
「言葉も分かるし読み書きも出来る。
ちゃんと服や簡単なものは与えることになっているから、それも安心してくれ。」
全裸の可能性は考えていなかった。
「では、頑張ってくれ。
本当にすまんね。」
こうして中年サラリーマンだった俺は、ある日突然異世界に送られることとなった。
仕事引き継ぎ出来なくて申し訳ないなあ、と思いながら。
たどり着いた先はどこかの村の近くのようだった。
ちゃんと服を着ている。半袖にベストのような上着、ズボンに紐のついた長い革靴。
これがこの世界の標準装備ということか。
「とりあえず、家を見つけて飯を食おう。」
俺は村の人をたずねることにした。
「あの、すみません。」
洗濯物を干している若い女性に声をかける。
「この村に、空き家はありませんか?
住むところを探してるんですが。」
いきなり見知らぬ相手に話しかけられて怖かったのだろうか。
女性は突如真っ赤になると、体を強ばらせて小走りに逃げていってしまった。
「──なんだ、お前、突然やって来て。
この村に住みたいだ?」
かわりにコワモテの男がやって来た。
年齢的に彼女の父親だろうか。
「はい、家を探しています。」
「そんなもんねえよ。
他をあたんな。
勝手に森の木を切り出すんじゃねえぞ?」
そう言って追い返されてしまった。
まいったな。家も準備して貰えば良かった。
とぼとぼと道を歩きながら、そういえば、何でも手に入るスキルを貰ったことを思い出した。
家も出せないだろうか。
俺は何もない野っぱらの前で、
「家。」
と言った。
すると目の前に丸太で組まれた家が、突然、デン、と現れる。
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