火群と風吹が刀を打ち合わせる度に、周辺で爆発が起きた。並人はシオンとともに少し離れた位置でそれを眺めていることしかできなかった。
鼻腔に生臭さを覚え、並人は顔をしかめた。腹部から漏れた血液がグラウンドを濡らしている。そこでようやく炎群に腹部を貫かれたのを思い出した。シオンの裁葬幕は自己再生能力を有する。腹部はすでに再生をしていた。
痛みには慣れている。全知全能は並人に自分を殺させるために、幾度となく殺し続けた。身体の痛みは他人事のように思えばある程度までは耐えられる。痛みなどただの信号だ。
だからこそ、裁葬幕二重発動の痛みには耐えられた。並人が全員から距離を置いたのは、死を確信したからだ。風吹の裁葬幕に加え、シオンの裁葬幕が脳に入った瞬間、頭痛は倍加どころか乗じたようにさえ思われた。脳が破裂する。そう考えたその瞬間、並人はなんとかシオンのことを思い出せた。そう、シオンがかぐやに一度殺されたとき、世界中に念動力による粛正をした事実を。
誰に対して攻撃を仕掛けるかわからない。その恐懼が風吹やシオンから距離を離させた。
「クソ……」
呻くのでせいいっぱいだ。この超人同士の戦闘に超能力で割って入る自信はない。だが、それでも、なにもせずにはいられなかった。
火群の苛烈な斬撃が風吹を襲う。大太刀は日本刀によって防がれ、甲高い金属音が鳴り響く。容赦も慈悲も一片もないぶつかり合い。一瞬の躊躇が死に繋がるそれは、卓越した戦闘者同士の死闘であった。
膠着状態に業を煮やしたのか、互いの刃を噛み合わせたその直後、火群は大太刀を離し、風吹の腕を拳で殴った。一瞬、握力を失ったその瞬間を逃さず、火群は刀を掴み後方に放る。風吹とて刀に固執する愚は犯さず、素手での対処を試みる。
互いに無手となった赤き愛と白き正義。火群の右手が風吹の顔を掴む。
両者の顔が隠されているのが幸いだった。変身によって彼女たちが仮面を着用していなかったとするならば、同じ顔をした二人の少女が、悪鬼が如き形相で殺し合っている姿を見ることになったはずだ。
「怪物にほだされ善悪を見失ったか――風吹!」
その握力はどれほどのものか。先ほどまで匹敵する肉体能力を持っていた並人には想像ができた。数トンにも及ぶ圧力が、風吹の頭蓋を襲っているに違いない。だが、風吹は呻き声を上げることもなく、左腕で火群の腕を掴み、空いた右腕で火群の頬を殴りつける。火群の手はそれでも離れない。風吹も火群の顔面を掴み、その腕を火群が握る。色合い以外が相似した、対称的な構図となる。
「……姉上はシオンのなにを知っているんだ」
炎群は無言で続きを待った。
「私がシオンを傷つけた。シオンはいつも傷ついてるんだ。シオンが世界を滅ぼすんじゃない。世界がシオンを傷つけている」
「だからと言って世界を滅ぼす怪物を肯定する理由はない」
激昂した風吹は火群の腕から手を離し、その手で火群の胸倉を掴んだ。
「じゃあ私だって否定なんてさせない! だって、シオンは私の――友だちだ!」
──ああ、そうか。並人はそれで、風吹が戦うと決めた理由に気がついた。
自分の弱さが、仲間を奪った。風吹はその罪には抗えない。自分が悪いと認めてしまっているからだ。しかし、シオンを殺すべきだという炎群の考えは認められない。
「ああ、確かにくだらないかも知れないさ! 可愛い恰好をしてはしゃいで、料理を食べてもらって喜んで! ああ、愚かだよ! ――けど!」
風吹は火群の腕を力任せに引き剥がすと、姉の顔を殴りつけた。
「私は今、シオンといて幸せなんだ! 楽しいんだ! シオンが笑っていると私も嬉しいんだよ! なにも知らないくせに、私の友だちを怪物だなんて言うなぁッ!」
瞬木風吹と六花シオンは、友人になって七日しか過ごしていない。
だが、嘘偽りのない彼女の本音なのは間違いなかった。シオンと風吹の間にあった、些細な出来事。普通の青春を過ごす、学生ならば取るに足らない日常茶飯事。風吹にとって、それは人生の大半を共に過ごした姉との決別を選択するに足るだけの輝きを持っていたのだろう。
それはシオンの方も同じだった。スカートが汚れるのも厭わず、力なく腰を降ろしていた。
「私の――せいで。風吹と火群は殺し合ってしまっている」
碧眼は静止したように凝固している。戦う友人の背を呆然と見て――精神界への裂け目が開いた。不愉快な精神界が、高等部グラウンドを一瞬で呑み込む。