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第8話「部室棟」

 かぐやに連れられてたどり着いたのはプレハブ小屋だった。本来は部室棟として使われる予定だったらしいが、今現在、部活などという大それたシステムは揺籃学園にはなかった。さもありなん。教師の目を隠れて生徒の出入りができる隠れ家は、一部不良生徒の格好のたまり場となっていた。


 そのおさは日向かぐやである。かぐやが棟の一部屋を占拠したのだった。


「で、シオンと風吹をまたふたりきりにして良かったのか?」


「風吹ちゃん、お姉ちゃんに比べて大分まあるいし、ふたりきりにしても大丈夫だよ」


 楽観的だな、と考えなかったわけではないが、基本的な意見は並人としても賛同できる。グラウンド整備の共同作業は、遠目に見ても楽しげに行われていた。


「ま。風吹ちゃんがシオンちゃんに攻撃しかける場合、死なないシオンちゃんより、あたしと並人くんの命が危ないってのもあるけど」


 なるほど、と並人は納得する。風吹は戦隊戦士だ。変身前からマッハを超える速度で動けるのだ。変身したらどうなるかわからない。風吹が軽々に攻撃をしてくるとは思いがたいが、並人は世界毒がいない状態ではただの人間である。かぐやも肉体的には見た目通りだろう。風吹もシオンも、並人やかぐやでは物理的には守れないのである。


 部室の扉をノックをするとシオンの誰何が返ってきた。


 応じて受け入れられた並人は、扉を開けてその光景を見た。


 大きくもないテーブルの上で、金髪のメイド服と黒髪のセーラー服が土下座しあっていた。


「え、ええー?」


 かぐやが困惑の声をあげる。頭を向け合って謝罪の極地を行っている二人の少女を見れば無理もなかろう。もっとも完璧な土下座には程遠く、メイド服――シオンの方は大名行列にするような平伏で、風吹の方は旅館の仲居がするような所作ではあったが。


「なにしてんだお前ら」


 呆れを交えて並人が言うと、シオンの方が顔を入り口に向けた。


「ああ、ようやく審判がやって来ました。終わらない謝罪スパイラルに入ってついにこの体勢になりましたが、決着がつきません。判定をお願いします」


 シオンの表情からは安堵が窺えた。


「……えーと、つまりだな。お互いに『私が悪かった』と言い続け、比べあって土下座まで行き着いたが、引くに引けずに動けなくなって第三者の介入待ちになったってことか?」


 コミュニケーション能力が絶望的に低すぎる。普通なら長くても二度三度でどちらかが引いて手打ちにするだろう。


「そもそも何を謝りあってるんだ?」


 並人はパイプ椅子をふたつ準備して、二人が土下座しあうテーブルの横に腰を降ろす。


「私は下手な悪戯で風吹のハートに損害を……」


「そんなことは気にしなくていい。それよりも私はサッカー中に全速力でそなたをふっ飛ばしてしまった……」


 シオンに続いて、風吹も謝罪している理由を言った。


 二人は顔だけを並人の方に向けたまま、それでも土下座の体勢をやめようとはしなかった。


「……ああ、なるほど。二つの議題が平行線になってて先に進められなかったのか……」


 並人は額に手を当てた。シオンが常識はずれなところは並人も気付いていたが、この風吹も大差ないようだった。


 背中をかぐやに叩かれる。ここは任せるという合図のようだ。世界毒のいない普通の状況で、七曲並人という人間を試そうというのだろうか。


「まずは――そうだな。最初の問題は『風吹が全力ダッシュして、シオンが気絶したこと』。シオンはこれを許してあげられるかい?」


「もちろんです。別に怪我をしたわけでもありませんし、そもそも私以外なら気絶などしなかったのではないかと……」


 シオンは心底からそう思っているという口調で、風吹の謝罪を受け入れる。


「許してくれるってさ。風吹は顔をあげた方がいい」


「しかし……」


 風吹はまだ納得ができないようだった。


「過ぎた謝罪は鬱陶しいもんだ。もっと謝りたいって気持ちがあるのも分からんでもないが、相手がそれで困ってるなら本末転倒だろ?」


 諭すように言うと、渋々ながら風吹が顔をあげる。そのまま上体も起こし、背筋をピンと伸ばした。凛然とした顔つき、後頭部で括られたポニーテール。更には先ほどまでの口調も相まって、そんな風吹の姿はどことなく武士という言葉を想起させた。


「承知した。並人の言うことはもっともだと思う。許してもらった事を受け入れ、後は行動で返していこう」


 風吹はそう言うと、小さく微笑んだ。


「それじゃ、次。シオンがタチのわるい悪戯をしたこと。許すのは風吹とかぐやの二人だな。風吹はどうだ?」


「是非もない。無事で良かった」


 即答し、風吹は心底からの安堵で笑みを浮かべた。


「ん。あたしも許す。随分頑張ったね。超能力使って楽するんじゃないかと思ったけど、手抜きしなかったんだもん」


 風吹とかぐやがそれぞれ、シオンの謝罪を受け入れた。しかし、シオンは体を起こさない。


「シオン、どうした?」


 並人が尋ねるとシオンは涙目で並人たちの方へ顔だけを向けた。


「身体が痛くて起き上がれません……。助けてください」


 どうやらトンボがけでシオンは筋肉痛になったらしかった。平伏した体勢から起き上がれないシオンを、風吹が心配そうに見守っている。


「……ん。回復魔術ならかけてあげられるけど?」


 かぐやに言われ、並人は腕を組んでしばし考える。


「それってさ。筋肉痛を怪我として回復するって意味か?」


「どっちもできる。怪我として回復してあげると超回復は起きない。代謝を活発にして一晩睡眠とった形で回復した場合は筋肉も成長するけど、寿命が一日減る」


 副作用に恐れをなしたようで、風吹とシオンが小さく、ひっ、と喉の奥で悲鳴を鳴らした。


「それ言い方の問題じゃないか。一日スキップするってのを寿命が減るって言い方するな」


「なるほど。ちゃんとそういうところ考えられる子なんだ。偉い偉い」


 感心したようにかぐやが笑みを浮かべて、椅子に登って並人の頭を撫でる。やっぱり上履きは脱いでいる。


「並人くんの言ったとおり、一晩寝た体力になるって感じ。シオンちゃんの疲労度から見ると、今回復魔術使わないと明日は痛みでお休み確定だから、一日前借りした方がお得だと思うよ?」


「そ、それなら是非お願いします! いざとなったら自家製コールドスリープで一日寿命を戻します!」


「え。自家製コールドスリープってなに……。そこはかとなく非合法の匂いがする」


「周囲の時間の流れと自分を切り離すのです。そうすると私は明日にジャンプできます」


「そこまでできて、シオンちゃんは自分で筋肉痛直せないの?」


「怪我なら治るんですけどねえ。自己再生は無意識下の範疇なのでいまいち勝手が……」


 申し訳なさそうに言ったシオンに、かぐやは納得げにうなずく。それからかぐやは魔術の詠唱をし、シオンは元気そうに飛び跳ねた。


「良いお兄ちゃんだったんだね」と物憂げなかぐやの呟きには、聞こえない振りをした。

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