目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第6話「授業風景」

「自己紹介の時間はとらん。各自仲良くなりたい相手がいれば勝手に話しかけろ」


 始業チャイムから遅れて五分。現れた担任教師は教壇から一方的に言うと、束になったプリント用紙を配り始めた。


 名は、不動ネーマ。一言で表現すれば、目も覚めるくらいの美人だった。仏頂面なのが玉に瑕と言えるが、それでもだ。腰まで伸びたロングヘアは混じりけのない黒一色。白ベースのパンツスーツが互いの色味を引き立てている。凜とした眼差しに、形の良い鼻梁と唇。素材を引き立てるナチュラルメイクが、生来の魅力を十分を際立たせていた。日本人に見えるが確証はない。


 初恋未経験であると自白した並人であるが、基本的な嗜好としては年上趣味だ。それはシンプルに妹持ちであり、妹が持つ属性に類似する相手は妹のように思ってしまうためである。いわば、妹属性を相手に勝手にエンチャントするタイプだった。


 なので年上の美人とかには滅法弱い。ただ困ったことに二十代後半くらいからは、妹の同級生の母親ルールが適用されるために恋愛対象から外れる。よってこの男のストライクゾーンは狭く、セカイ系を嗜まなくても基本的にダメだった。


 前の席の青年に呼びかけられプリントを受け取る。ざっと目を通してみた限り、小学校低学年から高学年にかけての主要四教科の問題が並んでいるようだった。


「テストの体裁はとっているが、試験の類ではない。授業内容は君たちの学力に応じて決めようと思っている。そのための学力調査だ」


 そう告げられ、並人は納得した。同時に、一問でも解けなかったら恥ずかしいな、と思いつつも当時は覚えていたことをいくつか忘れている箇所があった。


 ネーマの開始の合図とともに、並人は問題用紙を埋めていく。一枚分を終えたところで伸びをしつつ、それとなく周囲に気を巡らせた。


 意外にもシオンはスラスラと問題に応えている。かぐやは当然のようにペンを走らせていた。ショーコも同様だ。一番普通の高校生に見えたセーラー服の少女だけが、度々額を抑え恐る恐ると言った様子でペンを動かしている。


「六花シオン。カンニングはよせ」


 不意にネーマが言って、シオンが裏返った声をもらした。シオンはどうしてバレたのか分からないといった様子で首を傾げている。


 並人は感嘆した。並人が見る限りシオンに不自然な点はなかった。だが、彼女が超能力者であり、千里眼を持つと知っていれば当然行われる邪推である。哀れシオンはカマかけに引っかかり、自分の不正を吐露する羽目になったわけだ。


 学力調査で不正をしたところでメリットはない。それくらいで、他の生徒たちの意識はテストに戻ったらしかった。


 並人も夏の大三角がデネブとアルタイルと何だったかが思い出せず、夏の夜空に思いを馳せた。


     ◆    ◆


 笛がグラウンドに鳴り響く。午前が試験通しだったため、午後はスポーツとネーマが言った。並人たちは配布されたジャージに着替えてグラウンドに集合していた。


 他の生徒たちが一定間隔で整列する中、異能者である並人とシオン、かぐやは少し離れた場所で話し込んでいた。他の異能者らしきふたりも、列からは少し外れている。


「おかしい……こんなことは許されない」


 と呪詛を吐くかぐやは、何故かローブ姿のままである。


「ひょっとして、サイズなかったのか?」


「ま、まあそういうとこ」


 頬を朱に染めてかぐやは首肯した。そんな話をしていると、シオンは並人を盾にしたまま、ふたりの異能者に手を振っている。それぞれの反応を横目で並人はうかがう。


 黒髪をポニーテールにまとめた瞬木は、俯きがちで気恥ずかしい様子ではにかみながら、腰の辺りで不格好に手を振る。


 鋼色の髪をしたショーコは、穏やかな笑顔で会釈した。


 チーム分けが終わり、並人はショーコと一緒で、シオンとかぐやは風吹と同じチームになった。


「並人と一緒じゃないのは不安です」


 肩を落としてシオンはネーマに目で訴えかけたが黙殺された。時々並人を振り返りながら、離れていく。かぐやはローブを着用したままで、フィールド内に入ろうとしない。


「日向、どうした? 生理か?」


 無神経な問いを投げたネーマに、並人は頬を赤らめた。


「……PTAがないからって調子に乗って! そんなわけないでしょ!?」


「そうか。まだ始まってなかったか」


「始まってるわよコンチクショー! 異世界で召喚されてる間、身体が成長しなかっただけであたしの実年齢はもっと上だって言ったじゃ……」


 そこまで言ってから自分の発言を省みたのか、遠目にも分かるくらい顔を真っ赤に染めるかぐや。


「……いいの! サッカーはフィールドプレイヤーだけでやるもんじゃないわ。あたしはこのチームの監督だから」


 サッカーに参加したくないとかぐやが思う理由が並人には想像できないが、あまりにも下手な言い訳だった。しかしネーマは鵜呑みにしかけたらしく、並人に視線で「そういうのもありか?」と問うてくる。何故、並人なのか。と、一瞬狼狽してから、並人は答えにたどり着いた。昨日まで常識が支配する世界にいた並人はいたのだ。ネーマもそれを知っているのだろう。並人は大仰に手を振って「なしです」と返した。やり取りを見ていたかぐやが苦渋に満ちた顔で並人を睨みつける。


「かぐやってサッカー嫌いなのか?」


「そうじゃなくて……。まあシオンちゃんのフォローしてあげないとならないし……」


 かぐやはしばし口に拳を当てもごもごと呻いてから、覚悟を決めた顔でローブを脱いだ。


 他の生徒が全員ジャージ姿の中、なぜかかぐやだけがブルマの体操服だった。胸にはちゃんと名前が書いてある。ひらがなで「ひなた」と。


「なんであたしのサイズのジャージがないのよ。この紺のパンツみたいなのは気に入ったからいいわ。でもなんで、なんであたしの名字ひらがなで書いたのよ。あたしが中身は大人だって知ってるくせにっ」


 未発達な体を体操服とブルマで包み、顔を真赤にしたかぐやがシオンの方へと走っていく。


「初等部はブルマ予定だったからな。初等部唯一の生徒がいなくなったのは実に悲しい。うむ、思った通りまことに愛らしい。むしろなぜ日本文科省はブルマを廃止したのかが私にはわからないな」


 ネーマの趣味だったらしい。かぐやの抗議の声に聞く耳も持たず、ネーマはホイッスルで試合開始の合図を響かせた。


 また、これで辻褄が並人の中であった。おそらく、座席表にあった三名の瞬木は炎群たちのはずだ。変身態を見た以上言葉を濁すわけにはいかない。


 ――炎群たちはおそらく戦隊だ。シオンを見極める役割を帯びたのが、あのポニーテール瞬木。瞬木席は三つ。しかし、炎群は三名で休学したと言った。合わなかった数は、残りのひとりが初等部在籍だったことで解決した。


 意味があるのかは分からないが、納得した並人はサッカーに意識を切り替えた。


 シオンは手を挙げてパスを要求。ボールを持っている少年は並人のチーム──つまりシオンから見て敵のチームである。少年は一瞬躊躇う素振りを見せた後、シオンにボールをパスした。シオンは頑張って足を動かしたがボールに触ることもできなかった。シオンの運動神経の鈍さは相当だ


 そのフォローを別の青年がする。彼は極めて優しい力加減でシオンにボールを返す。シオンの足に当たり、ボールが止まる。嬉しそうな顔でゆったりとドリブルをするシオンから、誰もボールが奪えない。


 彼らは困惑したように、互いに目配せをしてシオンから距離を保つだけだった。しかしシオンは何もないところですっ転ぶ。ルーズボールをとったのは並人のチームの少年だ。彼はルールを正当に把握しているらしく、同チームの少女に鋭いパスを送った。それをカットしたのはショーコだった。


 ショーコは、並人にパスを出す。極めて常識の範囲内の速度で、並人は悠々とトラップができた。


 その間に敵陣に切り込んだショーコに、並人はボールを返す。それにダイレクトボレーを決めて、鋼色の髪をした少女が先制点をあげる。並人のアシストが巧みだったというわけでは無論ない。ショーコにパスというよりショーコのいる場所に雑に蹴り出しただけである。事実ショーコから三メートルは離れていたのだが、一足飛びでボールに向かうとダイレクトボレーを成功させた。ゴールへの執着と嗅覚がやべえ。


 見ている限り、ショーコは運動神経がかなり優れている。決して彼女はサッカーに慣れてはいない様子で、ただ身体能力のみで他の生徒と格差を作っていた。といっても超人レベルの動きをしているわけではない。人間の常識の範囲内で、最高峰の動きを苦もなく実践している。異能者である以上、これに何らかの特殊能力があるのだろうが並人には想像がつかなかった。


 試合が再開される。ショーコが素早くカットし、一点を追加する。


ちょうどその時、瞬木の表情が気にかかった。彼女は目を鋭くし、起死回生を狙う眼差しになっていた。


 並人は嫌な予感がした。何を隠そう、このサッカーの試合には生命などかかってはいないのだ。起死回生を狙うほどの事態ではない。


 予感は的中する。三度ホイッスルが鳴り響くと同時、激しい轟音をあげ瞬木は激しい加速を起こした。轟音に驚いたのか、風圧に負けたのか、シオンが尻もちをつく。それにとどまらず後頭部をグラウンドに打ち付けて動かなくなった。咄嗟に超能力で浮くことさえできなかったようで、反射神経もかなり鈍いようだ。並人は慌てて彼女に駆け寄りながら、視線を風吹に戻す。


 気付けば、グラウンドを縦断し、瞬木はポニーテールをなびかせてゴール前でシュート体勢に入っていた。車よりは疾い。新幹線くらいだろうかと並人は呑気に思う。下手すればマッハを超えている可能性もあったが、そんなことをすれば瞬木も無事ではないだろう。


 ボールが止まる。瞬木がシュートをするその刹那、ショーコが逆方向からボールを蹴ったのだ。


 明らかに人間離れした膂力の激突。ネーマのホイッスルが震わせた空気を、乾いた破裂音が切り裂いていく。無論のことボールの破裂なのだが、並人と破裂させた二人以外の全員がグラウンドに身を伏せる。一拍遅れて、並人は銃声と勘違いしたのだと察しがつき、嘆息しながら空を見上げる。つくづく、変な学校である。


「――シオン。大丈夫か?」


 並人は、シオンに声をかける。


 彼女は目を回している。シオンを抱きかかえている並人に気付いたのか、かぐやがひとり駆け足で近づいてきた。


「任せて。あたしが魔術で診察するわ」


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?