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第3話「状況説明」

 夢は見なかった。


 目覚めた並人は、天井を見て、昨夜の出来事が続いていると知る。慣れ親しんだ自室の天井ではなく、知らない天井だ。身を起こして周囲を見る。かぐやに案内された男子寮だ。


 枕元に置いたスマホは幸いまだ電池が残っていて、時刻は朝の六時を示している。ただ、ここの正確な時間帯はわからない。超能力で移動した距離を考えると、時差があるはずだ。移動しながらも夜が明けなかったが、移動しながら現在の時間帯を計る術は超能力にもなくて、結果、揺籃学園の時間帯がどうなっているのか、並人には判断がつかなかった。


「流石にパジャマで出て行くのもな」


 声が室内にむなしく響く。脱いだ学生服に着替え直そうとベッドの周囲を探してみるが見当たらない。昨夜は着替え終わりると激しい眠気に襲われたため、記憶がはっきりとしない。部屋を一通り歩き回る。そう。歩き回れるくらいには寮の部屋は広かった。寝室とダイニングキッチンがあり、廊下にはトイレだけでなく脱衣所つきのバスルームさえ完備されている。


「……寮ってよりれっきとしたアパートみたいだな」


 脱衣所の洗濯機回りにも学生服はなかった。仕方なく一度寝室に戻って、見つけたクローゼットを開けると――。


「なんと」と思わず口走る。クローゼットの中には学生服があった。それも――一〇セットほども、だ。クローゼットの上にはワイシャツや肌着が折りたたまれて積まれている。


 てっきりこれが指定制服なのかと思いきや、よく見ると並人が着ていた学生服と同じである。


 得体は知れないが、とりあえず着替えてみる。着心地もまったく同じだった。


 それからダイニングに向かうと、待ち構えていたようにチャイムが鳴った。誰かが訪れたようだ。並人は玄関へと向かった。


「おはよう。ギリギリ直前の転入ということで、世話焼きクラス委員長がお世話にきたわ」


 ぱちり、とウインクひとつ決めたのはかぐやだった。制服姿ではなく昨夜と同じフード付きローブのままである。


「おはよう。……不思議とよく眠れたよ。コーヒーまで飲んだのに」


「魔法、かけたからね。状況的に眠れないと思ったし」


 なるほど、と並人は得心する。


「学ラン、着ちゃったけど問題なかったかな」


「もちろん、靴箱にはスニーカーも入ってるよ」


 言われ靴箱を開けてみると、数足のスニーカーが入っている。大きさは全て同じだ。昨夜は超能力で部屋を飛び出したわけで、当然靴は履いていなかった。


「こういうの、誰が用意してくれたわけ?」


「シオンちゃん。なんか張り切ってさ。並人くんの所持品を昨晩すぐに作っちゃった。足のサイズも測ったり」


 物質創造か――と並人は理解した。それならば可能だ。学ランが沢山あるのも不思議ではない。いわば、現実空間でコピペをするにすぎない。


「不法侵入――も、する必要ないのか。射程無限なら」


「そね。報告事項としてはひとまず――」


 とかぐやは学園の諸々を説明した。八時半に教室に集まれとか、クラスは一年A組だとか。食事は寮でもらえることや、高等部の位置や朝から食堂に行っても何かしらもらえるだのとか。そういった最低限の事項だ。


「で、尋ねたいことは?」


 かぐやは笑顔で並人に尋ねた。聞きたいことは並人には山ほどあった。


「妹について、何かわかったことはあるか?」


「調査結果。まず第一に戸籍がない。存在した形跡が完全に消え失せている。ちなみにご両親にも穏便な手段で確認した。ふたりも三人家族という認識だった。偽装にしては手が込みすぎている。普通なら、並人くんがおかしくなったと考えた方が自然なくらい。そのついでに並人くんが別の高校に通うことになったことも説明済み。若干洗脳に近いことをしたけれど、そっちの方がきっといいと思って。自分から説明したいなら、こちらは最大限協力するけど」


「いや、いい。僕は妹のいる世界で生きてきた。妹のいない世界の両親も友達も――きっとそれは僕の知っているみんなと似た誰かであって、本人じゃない」


 人と人は互いに影響を与え続ける。妹が生まれてさえこなかったのなら、妹の存在を最上位とする並人にとって、ここは異世界に過ぎない。それに、神菜を知らない両親や友人たちと出会えば、その違いにきっと心が耐えられない。


「そう。他には?」


「異能者を集めると言ったが、そんなに異能者は多いのか?」


「学校の生徒は並人くんを含めて、昨夜三名離脱して三十名。うち、異能者は並人くん以外に四人」


「――は? 昨夜三名って僕が来る前になんかあったのか?」


「違う。並人くんの入学を知ったことで三名が学園を出てった。昨夜いたでしょ、変身してた赤い子。炎群ちゃんっていうんだけど――その子が仲間を連れて出てっちゃった」


 はあ、とこれまでで一番、疲れを見せた顔でかぐやがぼやく。


「……僕が悪いんだとしか思えないんだが――学園からいなくなる理由がわからない。喧嘩売った僕を受け入れた学園に反発したってことか?」


「理由なんてあたしたちもわかんない。炎群ちゃんは世界最強の異能者で、まあ、学園のスカウトを蹴るような世界中の異能者がおとなしくしているのって、あの子の存在ありきなところもあるのよね。いくつか異能者を抱える組織はあるんだけど、炎群ちゃんだけで殲滅できちゃうくらいには図抜けた最強だから」


「他の組織に合流するって可能性もあるのか。……僕のせいで?」


 昨晩の調子に乗った指ポキポキをまた思い出して、それが明白な事態の悪化を引き起こしている事実に並人は戦慄した。


「それはないかな。他の組織なんて必要ありゃあたしでも滅ぼせる。それに炎群ちゃんはそれらをずっと敵視していたから。一応現時点では――休学扱いであたしたちを見限ったわけでじゃあない」


「――なら、何か復学の条件があるんだな?」


「察しがいい子は好きよ。察しが悪すぎるのもそれはそれで愛嬌だけど」


 とかぐやはウインクする。昨夜から気になったがかぐやは並人を年下に見ているようだ。


「炎群ちゃんはチームなんだけど、ひとりだけ残していったのね。その子にシオンちゃんが害がないか見極めさせるように伝えて、他のふたりを引き連れて学園を出てった。期限は一週間。話しを聞いてた限りじゃ、他の三人も炎群ちゃんの行動にはびっくりしてたわね」


「……まさか、この状況で僕になんの関係もないとは」


「そ。並人くんが原因だと思ってたあたしはもう混乱してね。ただ、理解はできなくとも納得はできちゃう。炎群ちゃんは直感に優れてる。その場その場で常に最善の選択をするの。でも、当人はその理由まではわかってないから、こっちとしても受け入れるしかないってところ。今のあたしは並人くんのフォローをしつつ、シオンちゃん見極めとやらの対処にも迫られてるってわけ」


「わかった。手伝えることがあれば、なんなりと。とりあえず世界毒がいるとわかったらかぐやに伝える。だから、代わりと言っちゃあなんだけど、シオンって子が本当に僕の記憶を奪ったのか、っても忘れずにいてくれると嬉しい」


「自分から提案してくれるなんてね。もちろん善処する。むしろ問い詰めたりして状況を悪化させないよう頼もうと思ってたくらい」


 問い詰めたい気持ちはあったが、意味はないと並人は考えていた。問い詰めたところで、真実を引き出せる可能性は絶無だ。それは所詮、妹を大事に思っているというポーズに過ぎない。大事なのは妹を取り戻すことであって、並人自身が妹をどれほど大切に思っているかを喧伝することではない。


「うし、基本方針について、揉めなくてよかった」


 それから思いつく限りの質問はしておいた。


 ――異能者ではない生徒はなんなのか。少年兵上がりで荒事には慣れた面々。


 ――授業はするのか、そして教師は誰か? 授業はする。教師も元軍人ばかりで、これらも戦闘行為には慣れている。学園長が予知能力を持っていて、異能者を見つけてスカウトしているのだとか。現状高等部以外に生徒はいないらしい。


 ――学園の後ろ盾は何か。国連や国ではなく、学園長の私財を投じている。ただシオンがいくらでも物質コピーができるので、金や物資には困ることはない。


 ――ここの時間はどの地域の標準時間を使っているか? 揺籃学園の名が示す通り、ここは日本から離れているが日本の標準時間で動く。本来時差はあるが、シオンの超能力で外界と隔絶したうえで日本時間に合わせている。


 ――日本に合わせる理由は? 学園長と異能者の大半が日本出身、または日本人。


 ――スマホの充電器ちょうだい。スマホは禁止とかぐやに没収された。


「……ん。まあこんなところかな」


「スマホ。いいの? 本当に?」


「いいよ。それは僕のスマホじゃない」


 そのスマホは、妹のいない世界で使われたスマホだ。確認したのは写真くらいだが、それで十分だ。


「あたしとしては八〇点ってところかな。あたしだったら残る異能者の詳細聞くもの」


 と採点された。なるほど、それは確かに聞くべきものだ。並人だってそのくらいは考えた。


「突然現れた怪しい奴に、クラスメイトの個人情報を教える学校なのか? ――そりゃまあ、僕の――というか時季外れの転校生の方を開示するのはわかるけどさ」


「おし、評価修正。九〇点に変えておく」


 大満足だ。満点でないと納得できないほどに、並人は自惚れてはいなかった。かぐやは「入学式なしでそのまんま授業だから八時半に教室でね」と言いながら背を向けた。その背に向かって。


「なあ、本当は何歳?」


 と尋ねる。


 見た目は間違いなく小学校高学年程度だ。だが、実年齢は違うと並人は確信していた。


「本当はって、サバ読んだ記憶はないんだけど? 十六。年度でいえば、高二ね。本当はちょっと先輩。異世界留学で留年したってわけ。けど、賢さはともかくとしてある程度は見た目相応に振る舞ったつもりなんだけどよくわかったわね」


「いや、なめんな。僕の妹も同じくらいで、だから同級生の女の子とだいたい会ったことあるけどもな。内面の背伸びと子供っぽく見せる仕草が本当のその年代とちぐはぐだ。小学校高学年くらいは年上に見られるのが武器だと思っていて、むしろ子供っぽく見られるのを恥じている。君は子供の振りをしている大人だってくらいわかる」


「……『だから』の後がマジで意味わかんないんだけど。どうして妹がいるとその同級生全員と会えるわけ。あたしが本当は年上だという新事実をイカれた情報で塗りつぶすの止めて」


「神菜は人気者だったからな」


 並人はかぐやの半眼を受け流し、うんうん、とひとり勝手にうなずいた。


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