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ワールドレイズデッドエンド
素岡佐武朗
現代ファンタジー異能バトル
2025年01月08日
公開日
3.2万字
連載中
「世界毒(ワールドレイド)」と呼ばれる世界を滅ぼす脅威がある。最愛の妹が突如として消失した七曲並人は、世界毒を殺す異能「裁葬幕(デッドエンド)」を宿した。何故、妹が世界から消えてしまったのか。確かめるために裁葬幕に従い、彼は世界毒のいる揺籃学園に到着する。
そこは対世界毒組織であり、同時に異能者を隔離する施設だった。
妹の消失した経緯は、超能力者六花シオンによって奪われたと並人は知り、学園で生活しながら真相を探ることになるのだった。

※小説家になろうにも掲載中です

第1話「消失、遭遇」

 肌寒さが引き始めた四月の上旬の夜。明日に迫る高校の入学式を前に、七曲ななまがり並人なみとは全身鏡の前で、何度目かもわからない学ランの試着を繰り返していた。


 鏡に映る自分に目をやり、並人は苦笑いを浮かべる。どこにでもいそうな顔立ちに百七十に届かない身長。ワックスではなかなか形を作れない髪質と長さの少年が、まだ着慣れない学ランにぎこちなく袖を通している。


「もういいだろ? 飽きてこないか?」


 並人は妹の神菜に声をかけた。神菜はパジャマ姿の我が物顔で並人のベッドに腰掛け、鏡に映る彼を楽しげに見ている。


「だぁめ。飽きるとかじゃないの。お兄ちゃんの新生活が少しでも輝かしくなるよう、かわいい妹がアドバイスしてあげているんじゃない」


 ぱっちりとした神菜の瞳に自分の姿が見えるようだった。かわいい妹――というのは比喩表現でも自信過剰でもなんでもない。十人並みの彼と違い、妹は行き交う人々が無意識に目を向けてしまうくらいの愛らしい容貌の持ち主だ。


「お前だって明日始業式だろ? 朝弱いんだからもう寝とけって。鏡は僕が戻しておくから」


 神菜は明日から小学五年生になる。高校入学に比べれば環境の変化は少ないうえ、学年全体の人気者な神菜にとってクラス替えなどさしたる影響はない。朝弱いだけでなく、夜も弱い。並人のベッドで寝落ちされると、並人が隣の部屋に運ぶはめになる。まだまだ子供で小柄な妹を運ぶのはたいした労力ではないが、加えて全身鏡を廊下に戻したり、学ランから着替える必要も残っている。


 ふぁあ、と生気が漏れるようなあくびが聞こえた。


「うん。お兄ちゃんの言う通り、もう寝ようかな。――あのね、お兄ちゃん」


 神菜は頭を小さく振って、最後のエネルギーを振り絞った。何かを言おうと神菜の口が開いたのを、並人は確かに見た。


 妹の姿が突如として消えた。


「あれ、神菜?」


 とつぶやいてみるも、返事はない。ベッドや机の下、クローゼットの中を探してみるが神菜は見つからない。部屋は片付けられていて、他に隠れられる場所なんてない。


 違和感に気づく。全身鏡も、いつの間にか姿を消していた。服屋に置かれているようなタイプの鏡だ。小柄な神菜なら裏に隠れることも無理ではない。そして、あの鏡は普段、廊下に置いてあり、神菜の腕力では動かすのは大変なはずだった。三年ほど前、神菜が欲しがって両親がすぐに買い与えたものだ。


 鈍い痛みが頭に広がる。冷たい汗が滲み出る。転んだりして頭を打ったときの痛みとは違う。もっと、頭蓋の内側から叩かれているような、嫌で逃げようもない痛みだ。


 最近転んだ覚えはない。なら、なんらかの脳の病気が疑われる。それでも並人は幽鬼のような足取りで歩き出した。ただごとではない頭痛だが、妹を見つけるのを優先した。両手で頭をかかえながら、並人は部屋を出る。ぼんやりとした思考の中、ひとりでに扉が閉まったのを感じた。


 廊下の印象がいつもと違う。住み慣れた家。昨年の夏から両親が海外出張になったために、妹とふたり暮らしをしている一軒家。何が違う。痛む頭を抑えながら、視線を壁に這わせる。家族写真がいくつも壁にかけられている。数が少ない。写真の数もそうだが、何より、最大で三名しか映っていない。そう、妹の姿が写真から消えている。そして、映っているのは間違いなく並人本人と両親だが、並人にこんな写真を撮った記憶がない。


 頭痛が激しさを増した。足を進める感覚が消えている。だが、視界だけはゆったりと動き、隣の部屋の扉が見えた。妹の部屋だ。しかし、家庭科の授業で妹が手ずから作ったはずの、ネームプレートはかけられていなかった。


 並人がドアノブに視線を向けると、ゆっくりと回り出す。頭痛が起きてから並人は扉に触れずに開けている。部屋の中を見れば、確定してしまいそうな気がする。だが、もう扉は開いている。何が確定してしまうのか。並人は予想が現実になりそうでその先を考えるのを止めた。


 だが。


 妹の部屋だったはずのそこは、物置になっていた。


「そんな……」


 バカな。嘘だ。何を続けようとしたのか、並人の頭には残っていなかった。ただ、驚きと混乱が痛みともに脳に犇めいている。


 気づけば、頭痛が治まり始めていた。クリアになった思考で、妹の記憶をほじくり返す。両親の部屋が空いている現在、物置が必要になるほど家に物はないはずだ。並人は物置に雑然と重なった荷物を見て、そのほとんどが並人の思い出と無関係だと知る。


 妹はいなくなったのではない。初めから存在しなかった。妹のいた世界を知る自分が、妹の産まれなかった世界に紛れ込んだ――そんな状況だった。


 あり得ない。だが、あり得ないのは、妹の消失からして同じだ。状況の理解に努めるが、妹がいなくなってしまったこと以外、何もわからない。理解も思考も材料にかけ、並人は気づけば壁の一点を見つめていた。


 いや、視界に映っているのは海――孤島のようだった。千里眼。超能力の一種だとわかる。超能力なんて、もちろん彼には備わっていなかった。手を使わずにドアノブは回っていた。体はわずかに木目の床から浮いている。頭痛とともに彼は超能力を得て、妹を失った。


 孤島には、何かがある。頭蓋の内側から聞こえてくる。先の頭痛の原因が、行く先を指示しているようだ。


 ――行くしかない。


 並人がそう決意すると、直後に彼の体は虚空に移動していた。下を見れば、アプリ機能でしか見えない我が家の屋根がある。


 空間転移。これも超能力だ。射程距離は自身を中心とした半径二〇メートル。その内側ではなんだってできそうな全能感に満たされた。


 空間転移の連続使用に制限はないようで、並人は二〇メートルずつ転移して、孤島を目指した。そこはおそらくだが、国外、太平洋上にある。少なくとも並人は、そんな場所に島があるなどとこれまで認識していなかった。


 転移と転移がほぼラグがないので、移動速度はジェット機どころか最新鋭戦闘機をも凌駕している。闇夜にまぎれる学ラン姿なのは不幸中の幸いだったが、並人には今、孤島を目指すという目的以外は頭から抜け落ちていた。


 まだか。と気ばかりが急く。月の動きは並人についてこれず時間経過の指標にはならなかった。


 そこで今更ながらにスマホの存在を思い出す。学ランの胸ポケットに入っていた。どこにいれるか、試してみたのが幸いした。時間は現在二十二時。神菜を眠らせようとしたときからまだ三〇分も経っていない。少し迷ってからスマホの中を調べる。電話帳にもメッセージアプリにも、そしてギャラリーにも。妹の存在をほのめかす情報は一切残っていなかった。


 スマホを胸ポケットにしまい、千里眼で孤島を見る。島の広さは比較対象がなさすぎてスケール感がつかめない。何せ全周囲が崖に囲まれていて、船が接舷できそうな場所がなく、土地は荒れ果てている。何かがいる。それだけは間違いない。ただそれがなんなのかはわからない。


 妹であればいいのだが――と思ったとき崖を越え島の上空に入った。


 すると、景色が変わった。


 何もなかったはずの荒野に建物群が不意に姿を見せた。それは、並人にとって見知らぬものではなかった。


「――学校?」


 そうだ。校舎らしきものが複数あり、それらの一部はグラウンドに隣接している。並人には縁はなかったが、中高――いや、小学校まで含めた一貫校のようなイメージを受けた。学校であることを否定するような建物は見えない。プール。体育館。おそらく寮のようなものがいくつかに、ご丁寧にも寮と校舎をつなぐ桜並木まであった。


 千里眼を駆使し、学園内の人影を確かめた。移動中も孤島も夜のままだった。時差があるはずだが、太平洋上ということしかわからず、現在の正確な時間帯は並人には判断がつかない。


 少なくとも明かりが点っている施設はほとんどない。仮に今が深夜なら、出歩いている方がおかしい。千里眼では建物の内側を見られない。だから、並人はゆったりと念動力で浮遊し、学園の上空に近づいた。


 空間が歪み、突如全身が押し潰されるような圧力に襲われた。いや、それだけではすまなかった。鈍い音が聞こえたと同時に、全身が激しい痛みを訴えた。数カ所の骨が折れ、内臓も損傷したらしく、並人は喀血を初めて体験した。


 反射的に並人も念動力で反抗する。力では並人に分があるのか、徐々に体を襲う圧力はなくなった。甘かった。と並人は思う。


 超能力を含めた異能の話を妹とした記憶が蘇る。どんな能力がいいか、どう使うか。そんな他愛もない話題だ。


 どんな能力でも使わない。


 それが並人の考えだった。異能なんてものがあるとするのなら、それが自分のような一山いくらの人間にまで宿るなら――世界には、とんでもない化け物がうようよしている。たまたま拾った拳銃で戦争に乗り込むようなものだ。わざわざ異能なんて使って、そんな連中を引き寄せる愚は犯せない。


 そんな話してるんじゃないんだってば。妹のあきれ顔が脳裏に浮かぶ。


「まあ、でも。……お前を守るためになら、僕は異能を使うだろうよ」


 口にはしなかった言葉を吐き出して、覚悟を固めた。


 並人は視線を巡らせて敵を探す。自己再生の速度は尋常ではなく、既に体は元通りだ。相手が追撃をしかけてこないところを見ると、念動力の押し合いでは並人が勝る。だが、二〇メートル以内には虚空のみだ。よって、射程距離は相手が優れている。


 校舎のひとつ、その屋上から火の手が上がる。一瞬だけ燃え盛り、すぐに闇夜が蔓延った。闇の中には人影があった。並人がずっと感じていた気配は、その人影のものだった。


 金髪が床に広がるほどに長い。微かに笑う。顔立ちは整っているが、浮かぶ表情がどこか幼い。しかし実年齢は並人と似たようなものだろう。格好はえんじ色のジャージ。全く似合っていない。


 先ほどの炎が発火能力だったなら、彼女も超能力者だ。自分を見つけさせるために炎を放ったに違いない。


 サイレンが鳴り響いた。学園に点在する警報用スピーカーが目を覚ました。引くか進むか。そんな選択は一瞬も浮かばなかった。


 妹がどうなったのか知るまでは、家に帰れない。そして手がかりは、あの超能力者の少女のみ。


 嬉しそうに笑う少女だが、何を喜んでいるのかは読み解けなかった。


 少女は攻撃を仕掛けてくる様子はない。両手を広げ、むしろ並人を迎え入れようとするかのようだ。意図は読めないが、近づくしかないと考えたとき、爆発が起きた。


 グラウンドのひとつ、その中央に砂塵が舞う。すっと、何かが瞬いたかと思うと、瞬時に砂塵が晴れた。


 現れたのは、全身を真紅に染め、大太刀を振るう少女だった。少女だと認識したのは女性特有の体格と、後頭部から覗くロングヘアからである。変身ヒーローそのものである。


 まだ事態は連続する。次に鳴り響いたのは笛の音である。状況にはそぐわないが、学校というロケーションには妙に合う、安物の笛だ。音の出所は寮の一角。そのベランダだ。


 こちらは真っ黒な服装だった。雨合羽――いや、魔法使いみたいなフード付きのローブを身につけた黒髪の幼い娘だ。妹と同世代に見える。黒の娘は指先を天に掲げると、何事かをつぶやき。


 空に向かって電光が走った。


 ジャンルも種別も違うが、全員が全員、広義の異能は兼ね備えているらしい。異能なんてあるのなら、神菜を誘拐し、痕跡を消失させるのも可能だ。


 三者を順繰りに視線を向けて、戦闘の意思を表明するために並人は両手を合わせ指を鳴らす。


 ――が。


 不意に体が浮遊感に包まれた。必死に念動力を用いようとするが、いや、自分にそんなものが使えるはずがないと並人は思う。


 ついさっきまで当然のように行使していた超能力が、体から消え失せている。高さは目算で五十メートル。下がなんでも変わらない。そんな高さ落ちたら、普通は死ぬ。そして、今の彼は間違いなく普通の少年でしかなかった。


 突然の落下死を前に、並人は情けない悲鳴を上げて――空中で、念動力に捕まれた。息苦しかったが、今回は骨を折らない程度に手加減をしてくれたらしい。


 安堵の息を漏らして、無力なままで彼は、異能者に捕獲されたのだった。

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